羅針盤を見つめて
幸いなことに、昨年秋に発症した適応障害も、晴れて通院が終わりを迎えようとしている。少なからず心身が安定した今、当時のことをよく思い出して背筋が冷たくなる。よく、あんな状態で働き続けていたなと。よく、あんな状態で周りの人とコミュニケーションをとっていたなと。奈落を更新した当時と、少しは戻ってきた現状のギャップに驚くばかりである。
得てして、プラス・マイナスにかかわらず、僕は長い時間が経ってから大きな変化を実感しがちだ。ふと過去に思いをはせたとき。入社時に比べると、だいぶ人との付き合いが億劫ではなくなったな、とか。学生の頃に比べて、英語のリスニングがだいぶ上手になったな、とか。何か目標を掲げて日常的に取り組んでも、リアルタイムで実感する変化など微々たるものだ。結局は、ある程度時間が経ったときに「そういえば……」とぼんやり気付くもの。そして、その変化がもはや当然かのように思えてしまうもの。個人にとっての変化とは、そんなものにすぎないのかもしれない。
だからといって、日々の些細な変化を無視して良いわけではない。今日僕が書きたかったのはむしろこちらだ。これまでの人生でも経験したことがないほどの深い谷を通ってきた数か月で実感したのは、高いモチベーションを保って目標に向かうためには、徹底的な自己管理が欠かせないということ。日々、自身が設計した羅針盤をもとに航行を進める中で、細かいスパンでその進路をチェックすることが求められる。わずかなずれを許容すると、気づいたころには戻れないところまで到達してしまっているかもしれない。
たまに、羅針盤の設計自体が間違っていることもあるだろう。だが、それでもいいのだ。行きついた先に不満があれば、また舵を取り直して別の目的地に向かえばいい。
僕がかなえたい自己管理は、これまで想定したよりはるかに高いレベルにあったようだ。