蟲???展 ワークショップレポート|「蟲のお絵描き」編
2024年8月3日(土)
講師:舘野鴻さん
虫を観ることから世界の見え方の多様さにふれる、体験型の展覧会「蟲??? 養老先生とみんなの虫ラボ」。この夏(7月8日~9月1日)、鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムで開催しています。
期間中は、「虫好き」のアーティストたちが講師を務め、さまざまな視点から虫の世界を体験するワークショップも開催。毎回にぎわいをみせています。本noteでは、その一部をレポート。今回は、8月3日(土)に開かれた「蟲のお絵描きワークショップ」の様子をお届けします。
描こうとすると、みえてくるものがある
この日講師を務めたのは、絵本作家の舘野鴻(たてのひろし)さん。アシスタントとして、なかの真実さんと近藤えりさんも参加しました。
はじめに舘野さんから語られたのは、「描こうとすることで、みえてくるものがある」というテーマ。
「みなさん、暑いなかどうもありがとう。今日は虫の標本を見ながら絵を描いていきます。虫の羽のかたちはどうなっていますか? 標本は、観察しやすいように羽を上に上げた状態で固定しているから、生きている時のかたちとは全然違います。じゃあ、それを見ながら描く時、『生きているように描くにはどうしたらいいんだろう』というところがでてくる。描こうとするとみえてくるものがあるんだよね」
今回のワークショップで使われた標本は、養老先生のコレクションなどが展示されている「標本テーブル」にある標本のほか、舘野さんが持参した「触れる標本」も。
「『裏はどうなっているんだろう?』――そういう、きみたちの『知りたい』という欲求がストップしてしまわないように、『触れる標本』をもってきました。表も裏も横も見ることができます。それを組み合わせて、歩いている姿を想像することもできるよね」と、舘野さんは持参した標本を見せながら、虫たちの特徴やエピソードを話します。
そのなかで、こんな話がありました。
「虫の足といわれる触覚には、節(ふし)があります。節の数は種類によって違っていて、それを意識すると、一本一本の足がどういう曲がり方をするのかがわかってくる。例えば、カメムシは4本しか足がないから、カクカク曲がります。逆に、節がたくさんついていると、とてもしなやかな動きになります」
舘野さんは、「絵を描いていると、こういったことが見えてくるんです。うまく描く必要はなく、『なんでこうなっているのか?』という思いが大事。そんなことに注意しながら、描いてみましょう」と結びました。
標本の説明を聞いたあとは、好きな標本を選んでお絵描きスタート。
生きている姿を想像しよう
それぞれ席に着いて描き始めると、舘野さんは一人ひとり順番に話しかけ、ときに同じ標本を見ながら一緒に絵を描いていきます。
「標本テーブル」にあるゾウムシの標本を見ながら描いている子には、「これは生きている時にどういう格好をしているんだろうね? 横顔はどうだろう?」と問いかけ、まずは一緒に足の数を数えました。
「本数は7本くらいかな? どうみえる? 爪の先っちょが幅広いじゃん。これはくっつけたりひっかけたりできるように、たぶんマジックテープみたいな構造になっているね」
オレンジ色が特徴的なチョウを描いている子には、「このチョウは、止まっているときはたぶん羽を閉じているね」と語りかけ、同じ標本を見ながらチョウが葉っぱの上に止まっている姿を描く舘野さん。
「三角、四角、てんてん、それっぽくなってきたね。これがつながって、離れていて、四角くて……」とつぶやきながら描き、「こうやって、もぞもぞしゃべりながらやると描きやすい」と伝えます。
そんななか、隣の席から「首はどうなっているんだろう?」という声が。舘野さんはその子が描いていたとんぼの標本を裏返し、「こっち側にすると見えるね。ルーペで光を当ててみるともっとわかりやすいよ」とアドバイス。
「でも、むずかしいな……」と、その子はまだ少し困った様子。
舘野さんはすかさず「いますごく大事なところです! 『首がどうなっているんだろう?』と、知りたいと思ったことがどうやったら見えるのか。それが大事なの。素晴らしいよ、ナイス!」と伝えました。
また、別のテーブルで「丸い模様がある」とつぶやいていた、レテノールモルフォという青色のチョウを描いている子には、「光のあたり方で違うんだね」と語りかけます。
「ギラギラしているのは、なんでなんだろう? それはコントラストが強いからだと思う。だから、濃いのと薄いのをしっかり描き分けるとギラギラが表現できるよ」
「絵は大嘘をついてもいい。自由に描いていいんです」
ワークショップの最後は、みんなで描いた絵を並べて共有する時間。
舘野さんは「甲乙つけられない。力作揃いでございます」と言い、一人ひとりの絵を紹介しました。
虫が木や葉っぱに止まっていたり、手や虫取り網と一緒に描かれていたり、群れで飛んでいく姿を表していたり。虫以外の要素を使い、虫の世界や物語が描かれている絵もたくさん。
舘野さんは、「これは物語・関係がしっかり描けているね。標本を見て描く時はかたちに注目しがちだけれども、もともとはどこかに住んで生きていた。じゃあどこに住んで、どういうふうに生きていたんだろう? それを想像したから、こういう絵が描けるんだよね」と言います。
一方で、標本を丁寧に観察し、からだの仕組みをしっかり捉えている絵も。
「これは、構造を正確に描こうとしている絵だね。とんぼの羽は、脈があるじゃん。あれが複雑でね。かつ、脈のかたちが違うと種類が違ってくる。これを描くのはけっこう頭を使うんだよね。そして、こちらの絵は触覚、頭部、胸部をわかって描いているね、すばらしい。虫は車などと同じで構造が外側にでている外骨格だから、メカみたいで面白いよね」
最後に、「大嘘を描いてもいいんだよ」と自由に描くことについて舘野さんは語ります。
「正確に描かなければいけない場面もあるけれど、こういう自由な時間には何を描いてもいいんです。虫が立って歩いてもいいし、自分でその虫の物語をつくってもいい。私はふだん絵本を描いていますが、あれは正確に描いてあるかというと、違います。自分の頭のなかでつくったイメージで描いているからね。でも、そのイメージというのは、現場でいろいろみてきたものを組み合わせてつくっている。事実をもとにしたフィクション、ファンタジーなんです」
生きているときはどんな姿で、どこに住んでいたんだろう?
そんなふうに思いを馳せ、先生や周りの友だちと気づいたことや知っている虫の話を共有しながら描くワークショップになりました。
撮影:大野隆介