百人一首の猿丸太夫の歌から鹿をめぐる伝説・信仰の世界を目指す
“奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき”
--猿丸太夫(生没年不詳) from 百人一首
史上に名高い歌人の中でも喜撰法師(六歌仙のひとり)と並んで謎めいた存在となっている猿丸太夫。架空の人物説も。上記の歌はそんな彼の代表作(もしかしたら唯一の歌?)です。
この猿丸太夫の歌はかなりわかりやすい歌ですが、歌意は「人の姿もない山奥でオス鹿が地面を覆う散り紅葉を踏み分けながらメス鹿を求めて鳴いている声を聴いているともの悲しい秋の風情を感じるなぁ」みたいな感じでしょうか。
非常にメランコリックかつロマンティックな雰囲気を感じさせる歌で人気が高いわけですが、この歌にこめられた風情には昔の人達の鹿をめぐるさまざまな事情が含まれているようにも思えます。
鹿狩では「鹿笛」という笛が使われることがあります。これはハンターが鹿をおびき寄せるために吹き鳴らす笛のことで、この音につられて鹿が寄ってくるんだそうです。
しかもメス鹿が寄ってくるんじゃなくて、オス鹿がこの鹿笛の音を聴いて自分の縄張りに別のオス鹿が入り込んでメス鹿を狙っていると思い込んで音の出どころへとやってくる。そこをハンターが狙い撃つ…
どうも日本では古代から使われていたらしく、かつては鹿の角をもとにその内部に鹿の皮を貼り付けた(メス鹿や鹿の胎児のものを使ったらしい)ものが使われていたそうです。
人間によって殺された鹿を材料に作られた道具で別の鹿が狙われる…なんとも皮肉な話でもありますね。
↓はそんなオス鹿の鳴き声の動画。
ちなみにわたくし、秋に奈良を訪れた際に夜中の奈良公園をランニングしていたのですが、背後から突然この鳴き声が聞こえてきてビビったことがあります(笑)
また、狩りの際には鹿皮を身にまとって鹿の姿に偽装して接近を図る…といったことも行われていました。
そうなると猿丸太夫の歌も単に「秋の紅葉シーズンの美しい景色のなかでオス鹿がメス鹿を求めて鳴き声を発する」というロマンティックで美しいけどどこか物悲しいイメージだけで成り立っているわけではない可能性も出てきます。
この鳴き声を発するオス鹿は自分の子孫を残すためにメスを求めているけれども、その前に人間によって仕留められてしまう定めにある、そんな哀れみの念もこめられていたのではないか?
作者がそういったちょっとひねった意味をこめて詠んだわけではないにせよ、歌を鑑賞した人たちがそう見た可能性が考えられないでしょうか?
その根拠もあります。平安時代後期、12世紀前半ころに書かれたと考えられている「古本説話集」という説話集に収録されている「巻6 帥宮通和泉式部給事」と名付けられた説話に登場するエピソード。
この説話では帥宮こと敦道親王(981-1007)が和泉式部と深い関係にあったときのエピソードが語られる前半部分と、和泉式部が夫の藤原保昌(958-1036。酒呑童子伝説や月岡芳年の浮世絵でおなじみ)と一緒に丹後国(酒呑童子伝説の舞台、大江山がある場所!ちなみに和泉式部は大江氏出身)のエピソードが語られる後半部分とで成り立っています。
そして後半部分では翌日に狩りを予定している保昌と和泉式部が会話を交わすシーンが出てきます。以下のような筋書き。
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狩りを前日に控えた夜、鹿がしきりに鳴く声が聞こえてくるのを聞いた和泉式部が「明日死ぬことになっているからこうしてしきりに鳴いているのかしら? なんとも哀れですねぇ」と残念がります。
それに対して夫の保昌が「そなたがそう思うなら明日の狩りはやめようか。じゃあここでふさわしい歌を歌ってくれ」と要望すると和泉式部は次の歌を詠みました。
“ことわりや いかでか鹿の 鳴かざらん
こよひばかりの 命と思へば”
この歌で場はうまく収まり、翌日の狩りは中止になったのでした。
めでたしめでたし
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この和泉式部の歌は「どうして鹿が鳴かないわけがありましょうか。今宵限りの命だと思って(知って)いるのですから」みたいな感じでしょうか。
そう、鹿の鳴き声を死とストレートに結びつけています。しかも人間による狩りによる死と。先述した鹿笛がいつごろから使われはじめたのは定かではありませんが(後述するように少なくとも鎌倉時代にはあったようです)、このエピソードの背景には「鹿の鳴き声に似せた鹿笛でおびき寄せて狩りをする」が潜んでいるように思えます。鹿の鳴き声が鹿の死の前兆として扱われていることになる。
こうした概念が古代後半~中世にかけて存在していたのなら、猿丸太夫の歌にも「これから狩られる宿命にある鹿の悲哀」みたいな意味で捉えられていた可能性が十分にあると思います。
現在の一般的な歌意に加えてもうひとつの解釈として取り上げられる価値があると思うのですがいかがでしょうか?
お読みいただきありがさうございました。なお、はてなブログではこの投稿のロングバージョン(?)を投稿しておりますので、お時間がおありでしたらご一読いただければ幸いです。↓
最後に恒例の(笑)わたしがKindleにて出版している電子書籍の紹介をさせてください。やっぱりできる範囲内で全力でアピールしないと誰の目にもとまることなく埋もれてしまいかねないので。なにとぞご容赦のほどを。
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