Raise Your Hand Together -Works of Cornelius 010-
Holidays in the sun e.p.
Corneliusとして2作目の音盤は、1993年9月10日に発売された『Holidays in the sun e.p.』である。デビューシングル『太陽は僕の敵』からわずか10日後のリリースだった。
タイトルは収録曲「The Sun Is My Enemy」を意識したものだろうか。同名の曲がSex Pistolsの作品にもあるが、意図的にこれを引用したのかどうかはわからない。
"EP"という呼び名は、アナログ盤愛好家の小山田らしいこだわりを反映しているようだ。
EP(Extended Play)とはアナログレコードの形式の一つであり、A・B面に1曲ずつのシングル(ドーナツ盤)よりは収録時間が長く、4曲前後が収められたものを指す。12インチのLP(Long Play=アルバム)と比べると、回転数が速かったりサイズが小さかったりすることが多く、そのぶん時間や曲数は少ない。
本作の形式はこれになぞらえてあり、従来の8cm CDではなく、12cm CDに5トラックを収録した形でリリースされた。
こうした形式はいつしかマキシ・シングルと呼ばれるようになり、2000年頃には8cm CDと置き換わってシングル盤の主流になっていくのだが、この当時はまだ例が少なかったのではないだろうか。しかし小山田の関連作においては、たとえばFlipper’s Guitar 『Camera! Camera! Camera!』やカヒミ・カリィの作品など、90年代前半の時点でも12cm マキシ・シングルが採用された例がいくつかある。
一方、本作は商業上はミニアルバムと設定され、シングルではなくアルバムとして扱われた。これにより売上はアルバムチャートで集計されることとなり、雑誌でもレビューが載りやすくなったという。最高12位・6週チャートインという記録は、たしかに前作『太陽は僕の敵』(最高15位・4週チャートイン)よりも好成績ではあった。
そういう営業的な狙いがあった、というようなことを小山田は語っているが、これはどこまで本気かわからない。「自分では12インチシングルと7インチシングルを作っているつもり」とも語っているとおり、"欧米のリリース形態を模する"という初期の方針の一環とみるほうが妥当という気がする。
5トラックのうち、3曲は前作『太陽は僕の敵』収録曲の別バージョンで、各楽曲の記事の中ですでに紹介した。
残りの2トラックには、新曲が2種類のバージョンで収録されている。
Raise Your Hand Together
EPの冒頭を飾る新曲「Raise Your Hand Together」(Cornelius Mix) は、初期作品を象徴するアシッド・ジャズの要素を備えた、ファンキーかつグルーヴィーな楽曲である。ブラスやストリングスまで加わり、他の作品以上に重厚で豪華な仕上がりになっている。
この頃小山田は、時代が90年代へと変わるにつれ、世間の好ましい価値観やカルチャーのスタイルも移り変わっていることを感じていたようだ。
80年代的な「斜に構えた」「小賢しい」姿勢はいよいよ古臭くて恥ずかしいものとなり、代わりにむしろ70年代以前のような「バシッとしたもの」「ズバッとしたもの」「もっとはっきりガツンとしたもの」が求められている、としている。言い換えるならば、力強くストレートな物言い、正統派のかっこよさ、というようなものだろうか。
小山田はその例として、当時人気を得ていたJamiroquaiやレニー・クラヴィッツらの名前を挙げ、自身もそうした音楽に惹かれているが性格的になかなかそうはなれない、といったことを語っている。
この「バシッとしたもの」に最も接近しようとした曲が「Raise Your Hand Together」だろう。それを裏付けているのは、この曲の参照元がまさしくJamiroquaiの作品にあるということである。
全体的な雰囲気や、リズムやベースのパターンは「When You Gonna Learn?」を参照していると思われる。3:30頃のヴァース直前のフレーズも「When You Gonna Learn?」から引用している。その他のフレーズには「Blow My Mind」の要素が多くみられる。たとえばイントロや間奏のストリングスのリフ、エンディングのスキャットなどは「Blow My Mind」からの引用である。
このほか、全編通して用いられているエレクトリック・ピアノやアナログ・シンセサイザーの音色、そしてとりわけストリングスのアレンジなども、Jamiroquaiの作品でよくみられる手法である。
なお、ここではクレジットされていないが、ベースはMeckenによる演奏と思われる。
ちなみにこの半年前、1993年4月21日にリリースされたJamiroquaiの日本盤デビュー・シングルには、小山田による推薦文が掲載されている。他にも複数のインタビュー等でJamiroquaiからの影響を自ら明かしている。とはいえネタがわかりやすいためか、レビューで引用を指摘されることも相当多かったようだ。
サウンドの力強さと呼応するように、歌詞にも熱量が感じられる。
「宇宙に浮かんで地球を眺めてるような」俯瞰の視点で世の中を見ながら、"斜に構えた姿勢はもはや恥ずかしい"などと価値観が巻き戻っていく世間のムードについて、理解しつつも疑問(クエスチョン)を感じている。シニカルな自分も捨てきれない、それも自分だと受け入れながら、「固く目を閉じて」スタイルを曲げずに、新たな「居るべき場所」「別の宇宙」を探そうとする。
「バシッとしたもの」を目指す一方で、それに対する疑問も"熱く"表明している。同時に「特に迷わずに」興味のある音を敢えて雑多なまま表現する、という方針についても触れている。「The Sun Is My Enemy」と同じく、素直に"今の自分"を表現しつつ、これからの進みかたについて意思を示したもの、とぼくは読んだ。
Alternate Versions
さて、ここまで述べてきた「Cornelius Mix」をオリジナル・バージョンとみなして、その他のバージョンについても触れていこう。
Album Version
まず、アルバム『The First Question Award』に収録されているのは、サブタイトルのない"無印バージョン"である。内容はオリジナルとほぼ同一だが、実は「Cornelius Mix」そのものではない。よく聴くとエンディングのエレクトリック・ピアノのソロに別テイクを採用しており、異なるフレーズに変わっているようだ。これによりフェードアウトまでの時間も長く、トラックの長さも12秒ほど延長されている。
320 light Years Mix
『Holidays in the sun e.p.』のトラック2には「320 light Years Mix」が収録されている。「The sun is my Enemy (Sunset Boo-goo-loo Mix)」と同様、リミキサーのクレジットがないので、小山田自身による別アレンジと信じている(違うかもしれない)。
オリジナルで最も印象的なストリングスの音量は抑えられ、ベースはおそらくシンセ・ベースへ差し替えてあるなど、全体的にエレクトリックな質感に変化している。ドラムもおそらくループを用いることで、より跳ねたリズムを強調しているようだ。
間奏ではアナログ・シンセの代わりにヴィブラフォンの音色でソロが奏でられる。フレーズの中にナット・アダレイ「Work Song」のテーマのメロディーが引用されているが、これは小山田によるアレンジというよりは演奏者の遊び心だろう。
タイトルの"320 light years"は映画「猿の惑星」の設定に由来する。不時着した星について「地球から約320光年離れた惑星」だと推測するシーンがあり、そこから持ってきたものだろう。また、イントロの会話の音声は、同じ映画の台詞を2箇所サンプリングしてそのまま用いたものである。
The Quiet Money Mix
1993年12月22日にリリースされた12インチアナログEP『Raise Your Hand Together』には、上記の「Cornelius Mix」と「320 light Years Mix」に加えて、新たに「The Quiet Money Mix」が収録されている。
コード進行は間奏以外ほぼそのままだが、バックトラックは大胆に変更されており、歌以外のほとんどが差し替えられている。しかしオリジナルと比べるとよりソフィスティケートされた印象で、ぐっと上品で都会的な雰囲気に生まれ変わっている。オリジナルがJamiroquaiなら、こちらはIncognitoの作風に近いかもしれない。
リミックスを担当したのはジェイムス・マクミランという人物で、ジャズ〜R&Bのプロデューサー兼トランペット奏者である。公式サイトのディスコグラフィには載っていないが、95-96年にはTrattoriaからもLush Lifeの名義で3作をリリースしている。
タイトルの"Quiet Money"は、マクミランのプライベート・スタジオの名前に由来しているようだ。
「The Quiet Money Mix」はこのアナログ盤にしか収録されておらず、しかもやや高値がつけられていることも多いため、聴くハードルが上がってしまっているのがもったいない。
Live Version
ライブ・バージョンも商品化されており、ビデオ『Love Heavymetal Style Music Vision』に「The First Question Award Tour」での演奏が収められている。概ね原作に忠実なアレンジで、このために生のストリングス・セクションまで取り入れる贅沢ぶりである。
間奏のシンセ・ソロは、現在までCorneliusのサウンドを支える美島豊明が担当する。また、エンディングのエレクトリック・ピアノのソロはより長く設けられ、大きな盛り上がりを作っている。
テレビにおいては、本作のプロモーションのための歌番組出演はなかったようだが、NHK「青春メッセージ」にゲスト出演した際に演奏した場面があった。1993年12月と1995年1月の2回出演歴があり、とくにツアーを経た後の2回目の出演時はさすが堂々とした演奏である。