2021/05/15 だれのことば?
「これはだれのことば?」
わたしは時々疑問に思う。わたし、こんな口調だったっけ、こんなことばいつの間に知ったんだろう、って。そんなとき、わたしは自分が発することばを疑う。これは果たして「わたしのことば」だろうか、「わたしのことば」というやつは本当に存在するのだろうか、と。
生まれた時からわたしたちは、前提のあることばに馴染んでいく。それは完成され使い古されたことばたちで、日常においてわたしたちが、新たにどうするといった余地のないものである。だから、意思疎通の道具であることばは、「わたしの」ということが出来ない共有物だ。
だが、道具であるものの他に、手垢に塗れないことばたちが日々や自然のあいだに埋もれていないだろうか? わたしは人々の手から離れた、そんなことばたちを見ていたいと思う。だから、詩に触れたい。共有物でもなければ、誰のものでもない、そんなことばたちを見ていたいと感じる。
「わたしのことば」と、言ってしまううちはまだまだ未熟だ。もっともっと、まだ見ぬことば、様々な詩に触れ、「誰のものでもないことば」を知覚する器官を磨いていきたい。
「もっと詩りたい、ことばがあるんだ」
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