ヨルシカが愛される理由──ヨルシカ LIVE2023「前世」ライブレポ 【追憶編】
2023年1月・2月に、大阪城ホール(大阪)・日本武道館(東京)の二箇所にて、ヨルシカ LIVE2023「前世」が開催された。4daysで4万人以上を動員。キャパシティとしてはヨルシカ史上最大級の開催となった。
5年ほどヨルシカの音楽の虜となっている筆者はその歴史的瞬間を見逃すまいと、大阪1日目・東京1日目の公演に駆けつけた。
【後編・考察編はこちら】
ライブ本編レポート
近年稀に見る寒波が襲った大阪で、ヨルシカ LIVE2023「前世」が始まろうとしている。日中は晴れ間があったものの、陽が落ちてから開場を待つ間にあえなく雪が降り始めた。風に舞う粉雪に今にも凍てつきそうになりながら駆けつけた観客が、われ先にと会場入りしてゆく。
注意アナウンスからほどなくして、場内が暗転する。居合わせた全員が、物語の始まりに息を呑む。高まる緊張の中、ひとつの人影が姿を表した。ゆっくりと歩みをすすめ、上手側に配置された木のもとのベンチへと腰を下ろす。
すぅ、と軽く息を吸って語り出したのは、n-buna氏。ヨルシカのコンポーザー改め、語り手でありギタリスト。日常会話でもするような滑らかな口ぶりに、観客が釘付けにされる。
川沿いの緑道にて
物語は女性目線で語られる。夏の終わりの匂いのする川沿いの緑道を抜けて、いつもの場所へと向かう彼女。そこで待っている男性。「前世」の物語の主役はこの男女二人になる。
他愛ない会話の最中にふと、最近よく見る夢のことについて男性が語り始める。自分が様々な生き物になる夢。見たことがない情景のはずなのに、嫌に現実味がある夢。
と彼はすこし不気味な告白をする。穏やかな緑道を映していた画面が暗くなり、スタッフロールが表示される。さらに場内が高揚と緊張で一体になる。
前世。
そのおかしな響きの余韻が終わらないうちに、聴き覚えのある遠吠え。負け犬にアンコールはいらない。語りに気を取られていた観客は、真っ青な照明の中に現れたステージの全景に圧倒される。真紅のコートに身を包み、中央で楽しそうに、だが時折苦しそうに体を揺らすのはsuis氏[Vocal]。彼女の繊細なヴォーカルを5つの楽器が確かな音圧で支える。凄まじい演奏力のロックサウンドに殴られるのも、ヨルシカのライブの醍醐味のひとつだろう。
続けて言って。どこかクセになるバッキングギターのリズムが楽しい。「君」が「逝った」ことを信じられない主人公の悲痛な叫びを描いた一曲が、物語の加速を示唆する。
夜鷹と一吹きの風
拍手のあと再び会場が静まり返る。n-buna氏の声が沈黙を破った。
また夢の話だ。前世、という響きがずっと頭から離れなかった主人公は、男性の話に聞き入る。空を駆け、水浴びをし、気ままに生きるなんとも心地の良い生。だがある時水溜まりに映った太陽を見て、お決まりの焦燥感が顔を出す。その光に吸い寄せられるように、居ても立っても居られずに飛び上がったという。
その夜、主人公は夢を見る。
一吹きの風になって、夜鷹になった彼と飛ぶ夢だった。
靴の花火。ヨルシカが彼らとして初めて、2017年に公開したMVの楽曲だ。落ち着いた展開がサビで爆発する構成が美しい。「今更な僕は ヨダカにさえもなれやしない」予定調和のような曲選びに、会場が一つになる。
suis氏のどこかかわいらしい問いかけから始まったヒッチコック。軽やかさと不安定さを持ち合わせた付点のリズム、心地よく歪んだギターサウンドに魅了される。suis氏の叫び、息が詰まるような楽器の共鳴。
耳馴染みのあるヴォーカルとギターの調和、続いて会場が音圧に包まれる。ただ君に晴れ。スクリーンにはMVと同じく空間を切るように自由に踊る、青いワンピースの女性が映し出される。それは制服という殻を捨て去った、「追いつけないまま大人になった」姿のようにも感じられた。
二人の小さな舞踏会
ステージには幕が下ろされ、n-buna氏はその前に座って語りを再開する。
次は男性が、羽のついた虫になる夢を見た話。花の蜜を吸って生きる虫だった彼は、季節が変わっていることに気づく。いつの間にか彼は花になっていた。また時が経てば種になり、風に揺られて地面に落ちた。夜鷹の時もそうだが、その生の終わりはいつも曖昧なようだ。
ふと彼が、主人公を散歩に誘う。「リードはできないけど」と舞踏会にでも行くような調子で言うので、主人公はすこしおかしくなりながらも、彼の隣を歩いた。
軽やかなセッションが観客を引き込む。そこから流れるように始まったのはブレーメン。激しさと切なさを前面に押し出したロックナンバーの流れが、ここで初めて変化を見せる。大きく体を使い表現するメンバーたち。間奏では楽器隊が揃ってコーラス。観客と舞踏会を開いているような、そんな楽しい演奏が印象的だ。
Masack氏[Dr.]の遊び心あるドラムソロから、雨とカプチーノへ。ブレーメンでの軽やかなリズムを崩さぬまま、馴染みのナンバーで切なさを取り戻す。息つく暇もなくチノカテ。背中を押すような、寄り添うようなあたたかい歌詞とメロディに、なぜだか切なさでいっぱいになる。
雨、魚、街灯
傘を忘れたまま、ずぶ濡れでいつも通り緑道を歩く主人公。そこにはいつも通り彼が座っている。傘を差し出してくれてから、今日は魚になる夢の話をする。
プランクトンを濾しとって食べる魚だった彼は、やはり何かに駆り立てられていた。訳もなく泳いで、けれどなぜ焦っているのか分からなくて。結局魚としての生を楽しむことにしたと言う。
何度も見る夢を経て、彼は次第に気づいていく。この夢に繋がりがあること。
そして、思い出したかのように彼は言った。
高架橋に並ぶ街灯が夜と勘違いして、月光のようにゆらめいていた。
嘘月。衣装替えをして真っ白なワンピース姿になったsuis氏の今にも消え入りそうな儚い姿に、平畑徹也氏[Key.]の優しいピアノが寄り添う。ステージは緑道から部屋の情景へ。続けて花に亡霊。「忘れないように 色褪せないように」。記憶をめぐる懐かしい匂いを描いた2曲が、ストリングス4本を迎えたアコースティック編成で美しく展開された。
狂い咲きの桜、彼と私
場面は男性の部屋に移る。セットが変わったのはそれを示しているようだ。久々に訪れてもなんら変わっていないその光景。ホットミルクでも作ろうか、と台所へ立った彼をよそに、主人公は部屋の様子に気を取られている。
二人はこの日のことを懐古する。暖かい陽気が続いた秋の日。「狂い咲きの桜」が咲いたから見にいこうという話になって、ピクニック気分で向かったその先にあったのは、所々にピンクの花をつけた枯れ木同然の桜の木。狂い咲きとは本来そういうものだと後から知って、なんだかおかしい気持ちになって。
そのうち、付き合っていた頃のことを思い出して、すこし気まずい空気になる。
どこか諦めたように語る彼に、主人公は、未練がないと言ったら嘘になることを彼に伝えたら、どんな反応をするのだろうかと考えている。
思想犯。暗雲が立ち込めた男女のやりとりを秀逸に表現するような、ダークなナンバー。先ほどは美しさを助長していたはずのストリングスが叫び声に聞こえてくる。冬眠。「雲に乗って 風に乗って 遠くへ行こうよ ここじゃ報われないよ」。不思議と、夜鷹と風になった二人が思い浮かぶ。ライブのために書き下ろされたかのような調和をもって曲が演奏されてゆく。ストリングスの、不気味さ、切なさ、苦しさをないまぜにしたような和音がこのフェーズを締めくくった。
どこか遠くの国で
彼の机の上には、雑誌や本がたくさん広げられていた。彼は夢で見た、知らない国の情景を探っていた。どうやらヨーロッパ、北欧の国のようだ。
この国を出たことがないはずなのに、見覚えのある遠くの国の景色。スウェーデンという地名。ヨルシカの既存ライブ作品「月光」との明らかな共通点がついに示され、会場のボルテージは格段に高められていく。
詩書きとコーヒー。「幸せの価値は6万円 家賃が引かれて4千円」限られた財産で生活する青年は、「君」がいない生活の進め方が分からないと叫び続ける。ステージ上の10人がこれまでにないほど団結して、観客は彼の前世へといざなわれていく。間髪入れず、声。虹色に照らされたセットが美しい。ラスサビでステージは暗転、suis氏を籠のようなスポットライトが包みこむ。足の間をつたうスモークは波打ち際のようだ。
だから僕は音楽を辞めた。会場の空気が変わったことが分かった。男性の前世である、遠くの国を旅する青年、その彼の苦悩をダイレクトに描いたのがこの曲だ。「あんたのせいだ」と突き放すような歌詞で真っ赤な照明が会場を攻め立てる。suis氏の魂からの叫び。追い討ちをかけるような楽器の音色。完成された演奏に割れんばかりの拍手が響いた。
生まれ変わっても共に
いつの間にか雨は止んでいた。日が暮れてゆく。彼が作ってくれたホットミルクも、底に少し残るばかりになっていた。
台所に戻った彼は、いつもの調子で彼女に話しかける。
彼の様子が少しおかしい。リビングの椅子に深く腰掛けて、呟いた。
「大事だったんだ」
ぽつり、ぽつりと切なげに、絞り出すような声で彼はしばらく語ると、
空気がまっさらになったのが分かった。耳を疑った。してやられたという気持ちがした。
私たちは主人公もろとも、物語に騙されていたのだ。ヨルシカが紡ぐ彼の前世を、気ままに旅しながら。
前世だ。
左右盲。公開時、「普遍的なカップルの別れの話」とn-buna氏の説明。
観客が想像していた二人の別れは、ありふれた喧嘩別れ。物語の真実は、ありふれた死別。男女が離れる原因はどうしてもすれ違いだと思ってしまうけれど、人間という観点から見れば死別のほうがずっとありふれた別れなのかもしれない。suis氏の声に、キタニタツヤ氏[Ba.]のコーラスが支えるように重なる。スクリーンには彼の部屋を、自分が犬だと認識した主人公のコーギーがせわしなく動く映像。これ以上ないタイミングの演奏と相まって、物語のクライマックスを思わせた。
17曲の演奏パートの最後を飾るのは、春泥棒。下鶴光康氏[Gt.]が奏でるアコースティックギターはもはやお馴染みの音色だ。花を命、風を時間に例えて書かれた曲。MVではマスコットのような役割を果たしていたコーギーが、今回のライブ作品では主人公だった。
最後には銀テープと同時に無数の百日紅の花びらが発射され、会場とステージを包みこんだ。曲中の歌詞「春仕舞い」は夏の終わりと重なり、それとともに百日紅は散る。文字通り"狂い咲いた"桜を描いたMVと、散っていった主人公の前世の命。作品全体の伏線を一挙に回収するメロディに、観客はただただ圧倒され息を呑んだ。
演奏パートの後は、簡単な伏線の解説をふくめた朗読「ベランダ」。夜の帳が下りた彼の家のベランダで、一人と一匹は大きな月を眺めている。
よく懐いてくれる犬に、すこし彼女の面影を感じて、新しい同居人として優しい眼差しを向ける彼。生まれ変わりだと伝える手段もなしに、どうにももどかしいまま苦しさを募らせる主人公。再開した二人がまたともに暮らす。言ってみればハッピーエンドのようだが、一人と一匹の想いが本当のところで交わる未来はない。
月明かりが柔らかく二人を包んだまま、物語は幕を閉じる。サポートメンバーがハけ、ステージに残っていたヨルシカの二人が揃って頭を下げると、今日一番の拍手が会場を暖めた。
不思議な切なさと寂しさが、観客を包み込む。ヨルシカの作品を体感した後には必ず、あたたかくもつめたい味が残る。音楽と語りを織り交ぜたヨルシカの完成された表現に、私はしばらく動けずステージを見つめていた。
【考察編に続く】
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