キクチ噺 ~あるいは私の竹内~
キナリ杯特別賞〜アマヤドリ賞に輝いた、のりまきさんの作品を読んでいて、私にも「竹内」がいたことを思い出した。
その人の名はキクチという。
ガラケーすらもなかった時代に、中途半端な長さの秋休みをどう過ごそうか駄弁っていた私たち姉妹は「そうだ、北海道に行こう」と思い付いてしまった。旅の情報を得る為に家から一番近くの旅行代理店に入って出会ってしまったのだ。
閉店間際、お金のなさそうな若い女子二人。私が社員なら、パンフレットだけ持って帰ってほしいと思う感じ。カウンターに近寄っても、中のお姉さんたちは自席から立ち上がることなく、目だけで一番下っ端とおぼしき男性に「お前が出ろ」と合図した。何人もの視線を浴びてようやく察してカウンターに現れたのがキクチだった。
ここまで状況が見れていたのに、別の旅行代理店にしなかったのは、なぜか。キクチという人に竹内を感じる理由はこのあたりにあるのかもしれない。
できるだけ安く北海道に行きたいという私たちにキクチはお高いパック旅行やら、お高い飛行機やらをおすすめしてくる。キクチの提案をことごとく却下し、カウンターの中の時刻表を見せるように要求する姉妹。
行き帰りは、このフェリーにします。宿はこれにします。はい、予約とって‥。
素人の姉妹に主導権を奪われたキクチは、しもべのように言われるままに機械に向かった。それでも、このままではいかん、と、なんとかしようとしたのか、フェリー乗り場までの電車の時間は調べますね、と時刻表を見てくれた。
しかし、キクチを使いこなせたと思っていた私たちが甘かったことを思い知ったのは、行きの電車待ちの時間だった。キクチがとってくれたはずの電車が来ないのだ。あわてて時刻表を調べると、そこには、
休日のみ運行
とあるではないか。やられた!キクチに任せてはいけなかった。なんとかしてフェリー乗り場にたどり着かねばならぬと、時刻表をあわててめくる。在来線はもう絶望的な時間しかない。新幹線だ!私たちにはまだこだまがある!みどりの窓口へ走る姉妹。あまりに余裕がなさすぎて余分な出費にもかまっていられぬほどだった。
キクチめ‼️ と呪いの言葉を吐きながらも、なんとかフェリーに乗り込んだ。やっぱり時間は自分で調べないとダメだったねーと言いながら大部屋へ向かう。
がらがらの船室で出向までしばしくつろごうとしていたとき、キクチ第2波はやって来た。10名ほどの外国人たちが私たちのベッドのまわりのベッドを予約していたのだ。
飛び交う外国語。なぜ、お前たちはそこにいるとでもいいたげな視線。
しらん!ここをとったのは私たちではない!キクチだ!!他の場所はがらがらなのに、私たちのまわりだけ空きがない、こんな予約をとるのはキクチだけだ!
とはいえ、言い返せる語学力があるわけでもなく、国内旅行に会話集を持ってきているわけでもなく、そもそも何語かもよくわかっていない私たちにできることは一つ。すごすごと別の空きベッドへ、それも、回りを取り囲まれる可能性の低い隅の方のベッドへ移動することだけだ。
再びキクチへの呪いの言葉を口にしながら移動する。帰ったらクレームの電話をいれてやる!あの人が手配してくれたものが他にないかチェックしなきゃ!二度とあの会社には近寄らない!
隅っこに移り猛烈な勢いで怒りを吐き出す姉妹に近寄る者はないままフェリーは北海道へ到着した。
幸い、このあとの手配は自分たちで指示したものばかりだったこともあり、無事すべての旅程を終え帰宅した。
旅のあと、私たち姉妹はいろんなところでキクチ噺をした。旅行会社にクレームを入れることも忘れてキクチをネタにし続けた。
このネタにして元をとった感が、キクチを私の竹内と思う理由なのだろうか。しかし、私はキクチに、なぁキクチと呼びかけ、どうしているかと思ったりはしない。おそらくそれは旅の苦労を共有した訳ではないからだろう。
そして、キクチも竹内も、きっとあの頃とかわらないでいてほしいと思っている。その方が面白いから。キクチにも竹内にも、出会う人にずっとネタを提供し続ける存在でいてほしいのだ。