低空飛行
記憶することが得意だった。人よりも秀でていた。何もない私の唯一の才能だった。
見たものを一瞬で記憶する。見る時間が短いほど集中力が上がるので、精度も高まる。
なので暗記科目は得意だった。基本的には一夜漬けで良かった。
しかし小さな頃から私の意識には大きな欠落があった。
何かを連続で続けている時、ふと、自分が何をしていたのか、自分が何故ここにいるのか、何もかもが分からなくなってしまうのだ。
この話は、親にもしていない。
その時間は薄い膜に覆われたように意識が浮遊し、何もかもわからなくなってしまう。
それを上手く他人に伝えることが不可能だからだ。1分程度でその現象は治るし、なにかクセのようなものだと考えた。
社会に出た。仕事を覚えるのが同期よりも早く、よく褒められた。
社会人4年目のことだった。
私は記憶力と注意力が大幅に欠落し始めた。
記憶力は特に年々、砂で作った山を小さなショベルカーが削り取っていくように失われていく。
注意力は周りの人間に「天然?」と問われる程には昔から足りていなかったが。
記憶力の減少とともに、注意力も散漫になり、少しのミスを何度も何度も繰り返した。
気をつけたはずなのに、何度も確認したはずなのに、当たり前にできていた事がどんどん難しくなっていった。
今の私は、墜落一歩手前まで来てしまった。
どうせ墜落するのなら、痛くないように、緩やかに。