土砂降りの朝、私は神と出会った
車を降りた瞬間「今じゃなかった」と思った。でも、もう引き返せない。引き返してられる暇もない。
今日は大切な試験の朝だった。あんまり緊張しないたちだけど、珍しく「うまくいかなかったらどうしよう…」と思ってた。
試験会場へは車で行った。知ってる地域だったし、狙ってた会場に近いコインパーキングも空いててすんなり停めることができた。
自宅から運転してくる15分ほどで雨がぱらついてるのは気付いてた。でも空は明るいし、ただの天気雨だと思ってた。「傘持ってきてないけど、走ればいいか」くらいに考えてた。
車を降りた時も早歩きすれば大丈夫そうな降り方だった。目的地までは歩いて2分の距離。余裕。
そう思っていたのは30秒間だけだった。
早歩きで歩き始めてすぐありえないほどの雨が降ってきたのだ。スコール?え、なぜ?突然?とにかく近くの建物の軒先に逃げ込んだ。
車に戻るにも、もう30秒は歩いてしまったし、だったら残り1分半目的地を目指したほうがいいだろう。
そう思い、軒先から軒先にダッシュした。次の軒先で雨はもっと強くなった。周りが白く見えるくらいに。
あと1分の距離を走ることすら不可能だった。ただそれだけでも、きっと私はびしょびしょになると分かった。こんな大事な試験の時にできればそんな状態になりたくない。久しぶりに着た半袖ワイシャツは水に濡れると思った以上に透けて、これ以上濡れたら色々と問題がある気がしてきた。
「通り雨だろうし、しばらく待とう…」
そう思って小さくなりながら軒下に待機した。軒下にいても雨は入ってきた。でも、できれば早く会場に行きたかった。そりゃそうだ。時間に余裕を持って家を出てきたとはいえ、いつまでも待ってられるわけじゃない。
そんな時、私が拝借してる軒先の向かいの住居兼事務所的な建物に車が入ってきた。家主が帰宅したらしい。気の良さそうなおじちゃんだった。何を期待してたわけではないけど、思わず目を合わせてしまった。
おじちゃんはすぐに家に戻った。そして、傘を2本持って出てきた。
「そこである試験でしょ?」
私は困った顔で笑いながら頷く。
「これ、帰りに置いといてくれればいいから」
そう言って私にビニール傘を差し出す。
か、かかかか、かかかか神ですか?!?!
神にしか見えなかった。
なんの変哲もないただのビニール傘が打出の小槌かなんかに見えた(いい例え思いつかなかった)
差し出されたビニール傘。迷わず受け取る。
「ありがとうございます!!!」
遠慮なんかしてられなかった。多分その時の私は満面の笑みだったと思う。
さっき目を合わせたの、実は期待してたからです。って思い切り顔に書いてあっただろうな。
にっこにこで傘を開いた。1分で目的地に着いた。びしょびしょの受験生が何人かいた。1分前まで私もその絶望にいたのに、おじちゃんが救ってくれた。
ああ、本当に神さまだ…ありがとうございます。おかげで、濡れずに試験に集中できました。むしろ、試験なんかどうでもよくなるほど心が温まった。あのおじちゃんを合格にしたいくらい。
帰りに通ると車はなくて、「ありがとうございます」と呟きながら、そっと入り口に傘を置いた。おみくじみたいに一言手紙を添えてみた。試験ということもあって、手紙に必要な紙とペンを持ち合わせてて良かった…!
私も誰かに優しくしたくなった。こうやって人の温かさは繋がっていくらしい。試験受けてよかった。たとえどんな結果でも。