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【連載詩集】No.6 使い古された「愛」に蹂躙されないで

 平成最期の、蝉の声がしんしんと響く夏、

「愛」はもう、使い古されていた。


「愛」は、単なる記号、

 あるいは音でしかなく、

 その本来の意味を知る者は、

 この国にはもう、

 ほとんどいないように思われた。


「南無阿弥陀仏」が、

 何を意味した言葉なのか、

 よくわからないのと同じで、

「愛」も、また、

「よくわからないけれど、ありがたい言葉」

 として、呪文のように唱えられ、巷に溢れていた。


「愛」と何かを掛け合わせると、

 人はみな、それをありがたがった。


「愛」が欲しいか、と聞かれると、

 人はみな、それを欲しがった。


(これはいい)

「愛」は商売になる。

 それに気づいた者たちが、

「愛」を広告塔にして、

 さまざまなものを売った。

 彼らはまるで、「1984」の、

 ビッグ・ブラザーのようだった。


 電波を通じて、

 紙を通じて、

 画面を通じて、

 人々は記号化された、

「愛」の宣伝を毎日、

 嵐のように浴びまくった。


 人々は、どんどん、

 意味を欠いた「愛」に、

 べったべたに洗脳されていった。


♪「愛」

「愛」♪

♪「愛」

あそれ(おどるあほうに)

「愛」♪

♪「愛」

「愛」♪

あよいしょ(みるあほう)

♪「愛」

「愛」♪

♪「愛」

たらたった(おなじあほなら)

♪「愛」

「愛」♪

♪「愛」

一丁あがりい(おどらにゃそんそん)

 

 …メルテルセルポル

 …メルテルセルポル

 …メルテルセルポル

 ふふふ(ふふふ)ふふふ


 目論見通り、

「愛」を冠すれば、

 あらゆるものが売れた。


 いつしか、

「愛」が手に入ると聞けば、

 全財産、ときには命さえ、

 投げ出しても良いと思うような人間まで現れた。

 そういう人間を騙すために、

「愛」はすぐそこまできてる、

 と言ってみたり、

「愛」が急になくなるかも、

 と言ってみたりして、

 人々に安心と不安を交互に与え、

 私腹を肥やすような輩まで現れはじめた。

(狐、または、狸の類か、あるいは両方か)


♪「愛」を生き餌に大儲け

「愛」で此の世は支配できる♪

♪「愛」の亡者が跳梁跋扈


 人々は、

 記号化された「愛」の奴隷になった。


 そしていつしか、

 記号化された「愛」は、

 遂に、この国の絶対神となった。

 人々は妄信的に、「愛」を信仰しはじめた。


(都会の喧騒)


 ——わたしは、「愛」をみつけたわ。

 え?

 あなた、

 まだ「愛」を見つけていないの?

 あなたは、

 ほんとうの「愛」を知らないのね?

 ふふふ(ふふふ)

(ふふふ)ふふふ

 大丈夫よ、

 きっと見つかるわよ、

 あなただけの「愛」。

 わたしだって、

 さいきん見つけたんですもの。

(ねえ)

 てごろな「愛」って、

 なかなか見つからないわよね。

(ねえ)

 応援してるわ、

 祈っているわ、

 あなたにも、

 ちょうどいい「愛」が見つかること。

 くれぐれも、

 がんばってね。

 くじけずにね。

 ふふふ(かわいそうな人)

(いい気味)ふふふ

 ふふふ(わたしのほうがしあわせ)


「愛は勝つ」

「愛こそすべて」

「愛は尊い」

「愛は人生」

「愛は」

「愛は」

「愛は」


 …メルテルセルポル

 …メルテルセルポル

 …メルテルセルポル

 ふふふ(ふふふ)ふふふ


 もはや、誰も、

 記号化していく「愛」を、

 不自然なものだとは、

 思わなくなっていた。


(静寂)


 わたしたちは、

 わたしたちの消えた、

 わたしたちが過去に生きた世界を、

 この宇宙の片隅から、

 静かにみている。

 

 これから先も、

 この国にはきっと、

 意味が抜け落ちた、

 言葉のかたちをした、

 無機質な記号が溢れていくのだろう。


 もう、

 わたしたちにできることは、

 なにもない。


 くやしいけれど、

 もう、

 わたしたちは、

 この世界にはいないのだ。


 だから、

 わたしたちは、

 はるか宇宙の片隅から、

 あなたにたくすしかない。


 あなたがこれから、

 どんな言霊(ことだま)を、

 言葉に込めるのか。


 わたしたちは、

 それを見ている。


 わたしたちにできるのは、

 あなたにときおり、

 ほんの少しだけ、

 ちからをおくることだけだ。


 それは、

 ほんのちょっとした、

 気づきや、

 ひらめきや、

 直感にしかならない。


 次の瞬間には、

 もう忘れてしまうようなこと。


 いま、こうやって、

 もう、この世界にいないわたしたちが、

 遠い遠い、光も届かないくらい遠い、

 そんな宇宙の最果てから、

 あなたに言葉を送れていること自体、

 本当に奇蹟的なことなんだ。


 ——だから、この一瞬に賭ける。

 どうかおねがい。

 今、

 この瞬間に、

 感じているもの、

 気づいた違和感、

 はっとしたこと、

 何か変だと思う気持ち、

 それを、

 どうか、

 あなたのこころに、

 あなたのたましいに、

 あなたのいしきに、

 きざみこんでほしい。


 あなたがもとめている「愛」は、

 記号じゃない。

 テレビで見るものでもない。

 ネットで読むものでもない。

 店頭で売っているものでもない。

 駆け引きで利用するものでもない。

 あなたがもとめている「愛」は、

 誰かに急かされて、むりやり、

 手に入れるようなものじゃない。

 あなたがもとめている「愛」は、

 あなたのうちがわにある。

 あなたそのものなんだ。

 気高いあなたこそ、

 まごうことなき「愛」であり、

 あつい血潮がたぎる、

 あなたのからだ、

 強い想いがやどる、

 あなたのこころ、

 あるいは、たましい、

 それこそが「愛」だ。


「愛」のほんとうの意味は、

 あなたの中にだけあればいい。


 なにも説明しなくていい。


「愛」のほんとうの意味は、

 あなたの心の中に宿せばいい。


 そして、どうか、気高く生きて。

 生きて、生きて、生きてほしい。


 使い古された「愛」に蹂躙されないで。


 記号的な「愛」の妄信に、

 欲望にまみれた「愛」の亡者に、

 あなたを穢すことなんか、

 絶対にできやしないんだ。


 あなたはうつくしい。

 あなたはかろやかだ。

 あなたはひかりだ。


 わたしたちには、それがわかる。


 あなたは、あなただ。

 だれにも奪われない、あなただ。

 気高く、たくましく生きる、あなただ。


 そんなあなたを、

 わたしたちは愛する。


 そんなあなたで、

 いてくれたなら。


 もしかしたら、

 この世界は——

 あるいは——


 …メルテルセルポル

 …メルテルセルポル

 …メルテルセルポル



 この詩は、狭井悠の詩集【謙虚であるために、僕は野蛮な虎を飼う】の第6編です。毎日更新の連載詩集となっていますので、今後もお楽しみいただければ幸いです。フォロー・いいね、励みになります。あなたのお越しをお待ちしております。

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