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【連載詩集】No.5 海と君

 ——海が見たい。


 そう思ったら、

 今日一日の予定は、

 どうでもよくなってしまった。


 仕事は後からやればいい。

 夜から、

 なんなら、

 明日の朝からでもいい。


 僕はこころから、

 なによりも、

 海を求めていた。


 思いつく荷物を、

 適当にかばんに詰め込む。

 今日は一泊しよう。

 家に帰るのは、明日でいい。

 別に、いつ帰ってもいいんだ。

 あるいは——

 僕を縛るものは、

 なにひとつ、

 ないのだから。


 そうだ、

 詩集を持って出かけよう。


 悩んだ末に選んだのは、

 中原中也の全詩集と、

 吉本隆明の初期詩集。


 Kindleにすれば、

 データにすれば、

 詩集でも、

 小説でも、

 何冊でも、

 持っていくことはできる。


 けれど、

 本は、

 特に、

 詩集のような、

 生涯の友人となるような、

 そういう本は、

 やっぱり、

 紙でなくちゃいけない。

 重たい、

 質量のあるもの、

 手触りのあるものでなくちゃいけない。


 いくらでも持ち運べることが、

 豊かであるとは、

 限らない。


「選ばなくてはならない」

 そういう、

 取捨選択のめんどうくささと、

 嗚呼、やっぱり、

 あれを選べばよかったかな、と、

 後から少し後悔するような、

 そんな、ちょっとの心の痛みを、

 今の僕は求めている。

 

 誰に会うわけでもないけれど、

 お気に入りの服を着て、

 車のエンジンをかける。


 運転しながら、

 そういえば、

 海にいくシーンから始まる

 映画があったなと、

 ふと思い出した。


 ——あの映画、

 ほら、(ほら)

 あの映画だよ。

 男がひとり、

 ふと思い立って、

 朝から仕事を投げ出して、

 モントークの海へ行く。


 あれ、

 なんだったっけなあ。



 紺碧。

 静寂。

 彼方。

 記憶。

 砂塵。


 平成最期の、

 初夏の、

 やわらかな風を受けて、

 深呼吸し、

 僕は遠く、

 水平線の向こうを眺める。


 そして、

 あの頃から、

 積み重ねてきた、

 十数年の歳月をおもう。


 僕はもう、三十四歳になった。

 あの頃の僕は、

(そう、あの頃の僕は)

 まだ、二十代のはじめだった。


 何も持っていない、

 何の取り柄もない、

 誰からも求められない、

 そんな人間だった。


 今はどうだろう?

 僕は、

 誰かから、

 求められているのだろうか。

 あるいは、

 生きていても良いよ、と、

 ゆるされているのだろうか。


 海を見ながら、

 ぼんやりと、

 そんなことを、

 考えてみる。

(問いかけてみる)


 紺碧。

 静寂。

 彼方。

 記憶。

 砂塵。


 答えはない。


 汗をかいた、

 コカコーラの、

 ペットボトルを出して、

 ゆっくりと飲む。


 ねえ、


 おべんとうでも、

 もってくれば、

 よかったねえ。

(そうだねえ)



 初夏の海

 二見の蛙は

 無事帰る

 共に歩むは

 記憶の砂塵か



 紺碧。

 静寂。

 彼方。

 記憶。

 砂塵。



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