高橋ヨシキ監督の映画「激怒」レビュー「狂犬が死守しようとしたもの」

架空の町・富士見町でカッとなると我を忘れ,
行き過ぎた暴力捜査故に"狂犬"と恐れられる刑事・深間(川瀬陽太)は
人質を取って立て籠もった引き籠りの中年男性を撲殺し,
精神に異常有りと見做され
NYの精神科病棟に閉じ込められ3年間の集中治療を受ける。

富士見町に戻った深間は准刑事として再出発するが,
どうも町の様子がおかしい。

警棒で武装した町内自警団は夜通し監視し,
駐車違反の若者を警棒で打擲し,
夜中に公園で騒いでいた連中に恫喝している。

警察は町内自治会と連絡を密にし
自警団の行き過ぎた自警行為を見て見ぬ振り。

何の為に警察は存在するのか…深間の心中に疑惑が広がる。
自警団は「清潔な町づくり」と称し
ホームレスや非行少年達に暴行を働いていたのだ。

幾ら何でもやり過ぎだ…深間の前に現れた町内会長・桃山は
彼が3年前に引き籠りの中年男性を殴り殺してくれた事で
富士見町民は目覚め,社会に寄生する用無しの甘ったれのクズを
抹殺する機運が盛り上がった事に丁重に礼を述べる。

富士見町が清潔になったのは深間さん,アンタのおかげだと。
深間の心中に3年の間に忘れた筈の怒りが甦る。

桃山もまた富士見町の美化の為に風紀を守る為に
狂犬刑事・深間を排除する必要性を感じている。
深間と桃山が指揮する武装自警団との対決の時が迫っている…。

学生の頃,僕は討論の時間に次の様な質問を級友に投げかけた事がある。

「非常に見通しのいい道路に歩行者用の信号機がある。
道路には車の影は無いが歩行者用信号機は赤。皆は渡る?渡らない?」

何でこんな話を持ち出してるかと言うと本作の冒頭そのものだからだ。
深間は気にせず渡るが,自警団の面々は渡らない。
と言うよりも互いに互いを監視し合って渡れないのだ。
同時に自警団の杓子定規な融通の利かなさをも表している。

だが話が進むにつれてその杓子定規さを他者にも強要し,
自分達が唯一の規範であり模範であると思い上がり始めると
僕の腹の底に言い様の無い「嫌な感じ」が煮えたぎって来た。

深間は確かに暴力刑事だが「皆も俺を見習え」とは一度も言ってない。
だが自警団は深間を見習い…と言うよりも
自己批判する事なく物真似する猿に過ぎない事が明らかになって行く。

そうした物真似猿精神からは「皆が駄目と言ってるから駄目」という
何故駄目なのかを考える事を放棄した無批判の姿勢しか生じず,
それは「死ななきゃ治らない」病なのだ。

本作で重要なのは深間と町内会長・桃山の
「違い」は何なのかという点だろう…。

深間も桃山も頭がおかしくて権力をかさに着て人を勝手に裁いてる。
僕はずっと…両者の「違い」が分からなかった…。

「ダーティハリー2」でハリー・キャラハンと私刑(リンチ)警官達との違いは前者は法と秩序を守り,後者は裁判官と死刑執行者が同一人であること。
後者は三権が分立せず一体化してるのだ。

我々が幾多の屍を乗り越えて,幾多の誤謬を乗り越えて,
「司法・立法・行政は分けて独立させるべし」
という結論に到達したのに,
私刑警官達はそれを一緒くたにしたのが問題なのである。

それに対して狂犬・深間が「守ろうとしたもの」とは
ハリー・キャラハンの様な「法と秩序」ではなく…
「気の合う仲間達と与太話をしながら酒を飲み交わす自由」だった。

深間は…気の合う仲間達や…大切なヒトを自警団に害されて「激怒」する…。

僕は以前…本作品のAmazonレビューを書かせていただいた折…
周りの人々を守ろうとした…「日常」を守ろうとした深間より
「法と秩序」を守ろうとしたハリー・キャラハンの方が「偉い」と断じ…
深間を「負け犬」と中傷した…。

そして僕は自分のレビューのみが「正しい」とイきり…
決して自分のレビュー内容を顧みて…
内容の修正をしようとしなかった…

僕は…
SNSで「三権分立を護持せよ!」とイキり…
「自分達のみ正しい」と主張する人々と
何ら変わるトコロは無かったのでる…。

「三権分立の護持」と「日々の暮らしの死守」…
ソコに何ら優劣はなく「偉さ」の違いも無いのにね…。

梶原一騎先生の「男の条件」5条件の1条…
「自分のみ正しいと思い上がるなかれ」
に…僕は反していた…。

「男の条件」とは即ち「人間の条件」であり…。
自分のみ正しいと思い上がっていた僕は…人間ではなかったのである…。

深間が「激怒」したのは自警団の杓子定規な融通の利かなさであって…
その自警団の特徴こそ「僕の特徴」であり…
僕は…深間に怒られて逆上していたのである…。

深間は杓子定規でも融通が利かない訳でもないごく普通の「人間」であり…
自治会長・桃山は杓子定規で融通の利かない「人でなし」であり…
ソレこそが深間と桃山の「違い」なのだ…。

僕もまた「人でなし」であり…
高橋ヨシキ監督に
散々生意気な口を利いたコトを深く反省し…
同時に深く謝罪するものである…。

僕がAmazonに投稿したレビューがコレ。