小林まこと先生の漫画「青春少年マガジン1978~1983」レビュー「小林先生が淡々と語られる『修羅場』」
本作品は週刊少年マガジン誌創刊50周年を記念して
小林まこと先生が19歳で「格闘三兄弟」で新人賞に入選してから
「1・2の三四郎」の連載を開始し,同連載が終了する迄(24歳)までの
5年間の修羅場を回想した漫画である。
同時に2人の新人漫画家大和田夏希・小野新二両先生との
出会いと別れが描かれている。
小林先生の描く「修羅場」を紹介したい。
5日間で40頁漫画を描く必要が生じ,作業線表を引いてみると
睡眠時間ゼロ・食事時間ゼロ・5日間全くバテず
全てが段取り通り進んだとしてギリギリ仕上がるという算出結果が出る。
この作業線表を実行した結果を
小林先生は「事実その通りとなった」と淡々と語る。
だんだん日が暮れる
静かな夜が続く
そして夜が明ける
窓の外では普通の人達が学校や会社に出かけて行く
しばらくすると会社や学校から帰ってくる
そしてまた夜が明けると会社や学校に出て行く…
コレを5回見た…
こんな生活が半年続いた…
この頃のオレの平均睡眠時間は週に8時間
当時の備忘録が残っていた
16日 1日中頭痛仕事にならず
17日 いかんまったくネームできず 今日2度吐いた
18日 もうだめだ
19日 空白
20日 空白
21日 空白
先生は淡々と御自分の修羅場を語っておられるが…
「怖い」んです先生…
こんな…こんな生き方続けてたら死んじまうよ…。
そして…事実この漫画では「死人」が出るのである…。
小林先生がマンションの上階から地面をじっと眺めて
ハッとして柵を掴んでしゃがみ
「いかんぞ…この手を離したらいかんぞ…」
と自分に言い聞かせる描写。
大和田先生が風呂の底が抜けるのが怖いから
浴槽のフチを掴み
「お…落ちる…掴まってないと…落ちる」
と自分に言い聞かせる描写。
小野先生がリウマチで親指と人差し指が動かなくなり
ガムテープで指とペンをグルグル巻きにして
固定させて漫画を描く描写。
そもそも…リウマチって悲鳴を上げる程「痛い」筈なのに…
「指が動かねえんだよ…」
「こうやってガムテで指とペンを固定すりゃ描けるさ…」
と淡々と語る描写…
酒が好きな小野先生は肝臓をやられ…
酒を1杯飲んでは吐き1杯飲んでは吐き…
奥様や小林先生に
「頼むから病院に行ってくれ」
と懇願されても…
「なんで何処も悪くないのに病院に行かなきゃならねえんだよ!」
と言い返す神経…
大和田先生は仕事場で自殺。
その僅か1年後に
小野先生は自分で立てなくなって
トイレに行くのにも奥様に担がれる程体重が落ち,
体力が無くなり…
飲酒の結果,肝臓が全滅して入院先の病院で他界…。
「オレも一歩間違えばどうなってたかしれたもんじゃない」
と…小林先生はまたしても淡々と語る…
後書きで小林先生は本書を
故 大和田夏希
故 小野新二
二人の親友に捧げます
文句があったらあの世で聞きます
また三人でケンカしましょう
と結んでいる。
小林先生は「漫画家になって良かったことは?」と聴かれると
「友達が出来たこと」と答えていると言う。
初めて出会う同年代の漫画家の友達。
その出会いと死別。
巻末に新人賞を受賞した「格闘三兄弟」が掲載されている。
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