小中和哉監督の映画「Single8」レビュー「『小中監督の青春』のリメイク」
1978年公開の「スター・ウォーズ」に夢中になり,
スター・デストロイヤーを筆箱に紙を切り貼りして作り,
授業中に「ゴゴゴゴゴ」と口で効果音を付けながらスターウォーズ冒頭を
再現して担任教師に頭を小突かれる高校3年生・栗田広志(上村侑)は
「「スター・ウォーズ」の冒頭が再現したい」一心で文化祭のクラスの
出し物に「自主製作映画上映」を提案するが
担任教師から「どんな話?」と聴かれただけで口籠ってしまう。
「話」なんて何も考えてないのだ。
ただクラスの山下夏美(高石あかり)をヒロインにしたい構想だけはある。
山下にヒロイン役をオファーするも,
脚本が無いことに仰天され返事は「ハァ?」。
「俺はスター・デストロイヤーの
『ゴゴゴゴゴ』が撮りたいだけなんだよなあ」
と屋上で悪友の小沢喜男(福澤希空)と途方に暮れてると
クラスの寡黙な映画ファンの佐々木剛(桑山隆太)が
「映画作りに俺も一枚嚙ませろ」
と申し出て来る。
3人組と担任教師が話し合った結果,
「要するに映画が何が言いたいのか」
「主人公が最初と最後で何が変わったのか」
を意識しつつ脚本を書く事となった。
映画の撮影は8ミリフィルムで行うが
近所の富士フィルム系のカメラ屋の気のいい兄ちゃん・寺尾(佐藤友佑)が
映画や8ミリフィルムの事に詳しくアレコレ相談に乗ってくれる。
富士フィルム社の8ミリフィルムはSingle8,
コダック社の8ミリフィルムはSUPER8と呼ばれている。
Single8はリバース(逆転撮影)出来る特徴があり,栗田に閃くものがある。
ある日ある時主人公とヒロイン以外の時間が逆転し始め,
人々は後ろ向きに歩き,食べた麺類を口から吐き出す…。
それは人類の時間を猿まで逆行させ進化をやり直させる宇宙人の
「人類進化矯正計画」に基づき構築された電子頭脳の仕業だった…。
徹夜して脚本を書き上げた栗田は
再度山下に自主製作映画「タイムリバース」の
ヒロイン役をオファーするのであった…。
小中監督は成蹊高校1年生の時に製作された
映画「TURN POINT 10:40」(1979年)
をリメイクする心算で本作品を製作されたと言う。
監督は映研で「TURN~」を制作されたのだが
映研だと先輩とか上下関係を描写する必要があり,
「先輩キャラ」は佐藤友佑さんに代表して貰って
クラスの文化祭の話にしたと言う。
なので佐藤友佑さんの「一部」には
同校の先輩・手塚眞監督が含まれていると言う。
また3人組のひとり佐々木剛は同校出身の利重剛監督がモデル。
仮面ライダー第2号とは関係ないと思います。
「Single8」という題名は
スピルバーグ監督プロデュースの映画「SUPER8」の影響だと言う。
そっちがコダック社の8ミリフィルムの映画なら
こっちは富士フィルム社の8ミリフィルムの映画だと。
佐藤友佑さんが店主役を務められる富士フィルム系のカメラ屋には
小中監督や有志所蔵のカメラが並び,
店舗内の宣伝商材にユル・ブリンナーの姿を確認出来る。
時代考証警察になる気はありませんが
ユル・ブリンナーが紋付き袴姿で白土三平先生の忍者漫画みたいな大凧に
乗って「A HAPPY NEW YEAR!」と言うフジカラーのCMを思い出します。
ユル…少しは仕事を選びたまえ…
本作は「TURN~」のリメイクでもありますが製作過程も
映画化されており特典映像にその「TURN~」が収録されてるのですが
元の「TURN~」は…
1.スター・ウォーズよりも
筒井康隆さんや「NHK少年ドラマシリーズ」の影響を感じる。
本作品が「スター・ウォーズ」の影響を受けている事は間違いないが
監督の音声解説を聴くと「考えさせられる映画」「政治色の強い映画」
指向を「スター・ウォーズ」がぶち壊して「2001年宇宙の旅」以降,
深遠な哲学・高邁な思想を持たぬ者を拒み続けて来た
「SF」や「宇宙」に風穴を開けてくれた功績の方を評価されてるみたい。
それでも十二分に「TURN~」は「理屈っぽい」と感じます。
2.リメイクでは電子頭脳が主人公の青年の思考を読んで,
彼の心中にある「理想の女性」として
過剰に美化されたヒロインが登場する。
これねえ。
筒井康隆さんの「七瀬ふたたび」で予知能力を持った男が死ぬ間際に
「過剰に美化された七瀬」を想起する場面の翻案なのですよ。
小中監督は2010年に「七瀬ふたたび」を映画化されており,
その影響を受けられてリメイクされているのだと愚考します。
音声解説で三留まゆみさんが
「映画には何故ヒロインが必要なのか」
をこう解説されてます。
「ヒロインはね」
「映画における女神(ミューズ)なの」
「共演者もスタッフも皆女神に恋するの。」
「恋する映画も素敵だけど恋して作った映画も素敵じゃない?」
「小中君にとっての女神は
「星空のむこうの国」(1986年)の有森也実さんでしょう?」
「でなきゃ「星空~」のときに小中君の実家を撮影に使用して
有森さんを呼んで,この作品でも小中君の実家を撮影に使用して
有森さんを(主人公の母親役で)また呼ぶ訳無いわよねえ?」
小中監督はもうね。
「カッ監督はヒロインに恋するのでありッ!」
「ジョッ!女優に恋する事は…あるかも知れない…」
としどろもどろになる最高の音声解説なのですよ。
本作はイントロに20分,劇中劇の撮影に40分,
編集・アフレコ等の仕上げに30分,
完成した劇中劇「タイムリバース」の上映が15分,
残りがエピローグという構成。
この映画が完成して上映された頃,
スピルバーグ監督の映画「フェイブルマンズ」が公開されて,
映画を観た小中監督は驚かれたそうです。
本作と「フェイブルマンズ」が「似ている」事にね。
小中監督は,この現象を「コロナの影響」と解釈されてます。
「コロナ禍で大きな映画が次々と延期になる状況を
『閉塞』と捉える方は多いけれど…」
「映画監督は…
『自分のフィルモグラフィ・原点を振り返る映画』
を撮りたいと願っていて時間が無くて出来ない事が多いのだけど…」
「幸か不幸かコロナ禍で,その『時間』が出来た…」
「自主製作映画なら予算は少なくて済むし…」
「キャストもスタッフも少なくて済むから動員が容易で…」
「昔は金がないから自主製作映画を作る人が多かったけれど…」
「今はコロナ禍で制約を受けた新たな創作の場として見直されている」
と監督は語る。
本作はメインキャストが4人だけとギュッとコンパクトとなっていて
監督は予算や人員の制約よりも
「やりたい事がやれる」喜びの方が大きい様に見受けられます。
「大きい映画」はああしろこうしろうるさいからね。
本作品は劇中劇は8ミリで撮影され,撮影技法に則って撮影されてますが,
メイキングパートの方は出演者に突然喋らせ,急いでカメラが発言主を追う,
ドキュメンタリー映画の技法で撮影され差別化が図られてます。
主役の上村侑さんは映画「許された子どもたち」で初めて
その存在を認識させていただきました。
いやね。
私事となるのですが70年代後半の髪型をした上村さんを見ると,
僕の妹の旦那…つまり義弟の若い頃を思い出させます。
長身で剣道やってて趣味が「奥さん(つまり僕の妹)」だって。
「許された~」のときは難しい役柄だったのですが
今回も内面でアレコレ考える特撮ファンという難しい役柄なのですが
気風が良くて,伸びやかな変わり者の所が義弟とよく似てます。
高石あかりさんは
これはもう映画「ベイビーわるきゅーれ」で俄然大ファンになりました。
本作においては
「ワザとらしくなく素人っぽく演じる」って離れ技を披露されてます。
高石さんが人工頭脳が模造した「理想化されたヒロイン」の姿(2役)で
衣装を変えて登場されたとき,
音声解説で三留さんがすかさず
「ホラ!女神(ミューズ)に男子達がホレ直した!」
と突っ込まれていたのが忘れられません。
NHK朝の連ドラの主演も決まり…これからが楽しみな女優さんですね。
福澤希空さんはねえ。
敢えて女神に惚れないマイペース役を好演されててねえ。
高校生ってさあ色気より食い気じゃん。
女神に見惚れるよりカレーを食う方が大切・男の友情の方が大切な
ただひたすらに「いいヤツ」なのですよ。
こういう「いいヤツ」って年を取ってからも絶対に忘れられません。
「青春の素晴らしさ」を体現した様な演技が本当に素晴らしいのです。
桑山隆太さんは密かに女神に惚れているのですが,
とても思慮深く上山さんとやり合ったりはしません。
「親友同士が女が原因で関係がギクシャクする」
様な作劇を小中監督はされないのが良かったです。
音声解説の三留さんが
「あの子(桑山さん),利重君にソックリ!」
「生き写しなのよ!」
と驚嘆される程の演技力の持ち主でもあります。
こういう「思慮深い」役って本当に難しいのに桑山さんは本当に凄いです。
佐藤友佑さんは3人の男子の兄貴分を好演されてますね。
気さくで面倒見が良くて,色んな事を教えてくれて一切見返りを求めない。
もうね。「聖人」が演技してるのですよ。
何というかねえ,こういう好人物に恵まれた事が
この映画の成功を約束してるのですよ。
特典
・小中監督と三留まゆみさんによる音声解説
もうね!本当に愛溢れる素晴らしい音声解説なので聴いて!
「女性の視点で語られる自主製作映画」がもうもう最高なのです。
・劇場予告編
・メイキング(23分)
小中監督が撮影意図を饒舌に語られ,
オフショットが微笑ましいいい感じのメイキングです。
小中監督が初心に戻って小道具を手ずから作られたり,
オールアップした日に偶然顕現した
「凄い夕暮れ」にはしゃぐ皆がただひたすらに可愛いのです。
・小中監督8ミリ作品「TURN POINT 10:40」(24分)(1979)
先に紹介した「タイムリバース」の元ネタ映画ですね。
YouTubeに投稿されてる「TURN POINT」は尺が33分。
台詞を聴くと33分版を早回ししたのが24分版みたい。
何故早回しされたのかしら…?
色々好き勝手書きましたが「Single8」,近年稀に見る傑作だと思います。
こういう自主製作っぽい映画は「宣伝が足りん」のが唯一の欠点なので
僕が広告塔になって宣伝させていただきます!オススメです!
誰も推さんと言うのなら僕が推すしかない。
誰もレビューを書かんと言うのなら僕が書くしかない。
「他力」に依存していては布教など出来る訳ありませんね。
拙レビュー投稿してから11ヵ月が経過しましたが
noteでレビュー書いてんのは相変わらず僕だけ。
Amazonレビューも疎ら…。
本作品は寧ろ東南アジアで人気だそうですね…。
メインキャストの70年代ファッション…
体格等が…どことなくアジアンテイストを感じさせるのも
人気の一因なのではないか知らん。
「映画ファン」っていつでも
「隠れた佳作」を探しているものだけれど…
はいっ!
その「隠れた佳作」ならココにあります!
栗田と山下がくっつかず…
山下は文化祭のバンドのボーカルに夢中で応援に行き…
栗田と佐々木が
校舎の屋上で空を眺める雲を目で追う
ラストが僕はスキです。