手塚一郎著 小説「ウィザードリィ シナリオ4 ワードナの逆襲」レビュー「「ファミコン必勝本」は明日の創作者を生む「狂王の試練場」と化していた。」
本作のレビューを書く前に「片付けておくべき事」が山程ある。
先ず「ウィザードリィ」ってなんだ?って話。
「ウィザードリィ」は当時大学生だった
ロバート・ウッドヘッドとアンドリュー・グリーバーグの2人を
メインデザイナーとするAPPLEⅡというコンピュータ上で動く
3DダンジョンRPGである。
第1作のシナリオは「狂王の試練場」と呼ばれ
狂王トレボーから魔除けを奪った大魔法使いワードナが城下町の近傍に
地下10層からなる大迷宮を構築し,迷宮内部に魔物を放った。
トレボーは怒り狂い,ワードナを倒し,魔除けを持ち帰る事に
多額の報奨金をかけ,更に魔除けを持ち帰った者達を近衛兵として
取り立てる旨の触れを出した。
ワードナの構築した大迷宮は「狂王の試練場」と呼ばれ,
浅い階層は若く経験の浅い新兵を鍛える場となり,
仕官を求める腕に覚えのある素性の分からぬ浪人者が城下町に溢れ,
治安は著しく低下したのであった…。
「ワードナの逆襲」は「ウィザードリィ」の4番目のシナリオに当たり,
「狂王の試練場」で冒険者に命を奪われ,魔力も奪われ,
肝心の魔除けも奪われたワードナが
100年後に地下10階で蘇生する所から始まる。
プレイヤーは今度はワードナとなって
魔物を召喚しながら冒険者たちと戦い,魔除けの奪回を目指すのである。
「狂王の試練場」が下へ下へと向かう方向性なのに対して
「ワードナの逆襲」は上へ上へと向かう方向性となっている。
魔除けは恐らく地上の何処かにある筈なので先ずは地上を目指す事となる。
勿論そう簡単には行かず,地下10層の迷宮は完全に作り変えられていて
「狂王の試練場」のマップは役立たず。
冒険者達はメチャクチャ強くラカニト(窒息)の呪文をバンバン投げて来て
ワードナが窒息して地下10階の「自分の墓地」に戻される事もしばしば。
謎解きも難しく「ウィザードリィ」のシナリオ1(狂王の試練場)から
シナリオ3まではファミコンに移植され,
後に発表されたシナリオ5はスーパーファミコンに移植されたが,
シナリオ4(ワードナの逆襲)だけは,
とうとうファミコンにもスーパーファミコンにも移植されなかった事からも本シナリオの恐るべき難易度が敬遠された事が伺えるのである。
この小説はその「ワードナの逆襲」をノベライズしたものであり,
ゲーム攻略雑誌「ファミコン必勝本」の付録の小冊子が初出となる。
冷静に考えてさあ。
「何でファミコンの攻略誌にPCのゲームの二次創作小説が付録に付くの?」
って話なのである。
ゲーム攻略雑誌「ファミコン必勝本」は
「ゲーム攻略雑誌以外の何か」だった時期があったのだ。
本小説もベニー松山氏の「狂王の試練場」を小説化した
「ウィザードリィ隣り合わせの灰と青春」も
石垣環作・ベニー松山協力のコミック版「ウィザードリィ」全3巻も
皆JICC出版局(現宝島社)…ファミコン必勝本の出版元から出てるのだ。
JICC出版社としては「狂王の試練場」の二次創作の「流れ」を断つ事なく
間髪入れず「狂王の試練場」の直接の続編である「ワードナの逆襲」の
二次創作に着手したのではないか。
それにしても権利関係とか一体どうなってたんだろう。
例えばさあ小説「ドラゴンクエスト」は
エニックス(現スクエアエニックス)が出してるし
「ドラゴンクエスト3」のラスボスを掲載した
写真週刊誌はエニックスに告訴されている。
ファミコン版「ウィザードリィ 狂王の試練場」はアスキーが販売元なのに
ベニー松山氏の小説に何も言わなかったのかしらん。
小説版「ワードナの逆襲」はマルチエンディングのオチを
ひとつひとつ描写してるのである。
サーテック社がエニックス社だったら即告訴してる。
「そこの所」は正直良く分からない。
ベニー松山氏がJICC出版社から出された
畢竟の名著「ウィザードリィのすべて」の後書きに次の様に書かれている。
「最後に,度重なる問い合わせに快く応じて下さった株式会社アスキーの
橋本さん,須田さんにこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。」
ベニー松山氏はこの時点で「灰と隣り合わせの青春」を世に問うている。
先に述べた通り「灰と~」はJICC出版社から上梓されており,
株式会社アスキーとの会社の垣根を越えた交流を
文字通り垣間見る事が出来るのである。
小説版「ワードナの逆襲」が「ファミコン必勝本」の付録の小冊子として
発表されるや否や大変な反響を生んだ。
小説版はワードナが主役ではなく
ワードナは冒険者の立場から「死を齎すもの」として
畏怖の対象として描かれている。
冒険者たちは健気にも抗って…皆無残に死んでゆく。
手塚氏の文体は夢枕獏氏の「餓狼伝」の影響を強く感じ,
「血とエロス」のオンパレードとなっている。
僕は同年(1990年)に朝日ソノラマ社から出た
谷口ジロー先生の漫画版「餓狼伝」と併せて好感を持った。
ファミコン必勝本の読者の投稿欄には
小説版「ワードナの逆襲」の感想が並び,
女性の方から
賊から乱暴狼藉を受けている女性を守ろうとして果たせず,
逆に賊に脅かされ乱暴狼藉に加担する騎士志望の若者の話
が心に残ったと長文の感想を書かれていた。
「彼が騎士になれず,賊に一矢報いる事無く地下迷宮の片隅で果てて残念だ」と。
この頃のJICC出版社が総力あげて
2次創作に力を入れていたのが分かるのである。
「ファミコン必勝本」の付録小冊子に
大幅に加筆して単行本化したのが本書となる。
JICC出版社は小冊子の読者の反応を見て「いける!」と思ったのではないか。
単行本ではワードナが魔除けを奪回するまで…。
つまり最後まで描かれている。
地下第7層まではじっくりと描かれてるが,以降は駆け足。
ドリームペインター戦,聖なる手榴弾によるコズミックキューブ脱出,
ソフトークオールスターズマイナス1戦,ホークウインド戦,
魔除けの奪回と続く。
ホークウインドが女であり,
「彼女」にドラマを与えた事が本小説の最大の創作となる。
PCゲーム版のホークウインドは
戦闘中に寿司を注文して調子こくふざけたキャラで
マイコンBASICマガジンの
「ワードナの逆襲」攻略班はこの場面で怒り狂った。
「ふざけるな!マジメに戦えホークウインド!」と。
小説版「ワードナの逆襲」の後書きで手塚一郎氏は次の様に語る。
「ウィズ4というゲームは「怪奇」と「パロディ」の
ふたつの要素から成り立っています。
当然「パロティ」は切り捨てなければならないので
残った「怪奇」を如何に大切にするかを考えました。」
「パロディ」要素の排除は「おふざけ」要素の排除でもあり,
戦闘中に寿司を注文するホークウインドが如きは存在そのものが
ふざけてるのだが「彼」は事実上のラスボスであり流石に排除出来ない。
そこで手塚氏は「彼女」は何故アイツが天敵なのかを創作され,
寿司を注文する事なくアイツと共に果てて行く道を選ばれたのです。
しかしながらゲームを攻略する事を求道的に追及する者にとっては
「ゲームに「おふざけ」要素など不要!敵キャラは須くマジメに戦うべし!」
という価値観の余りの殺風景ぶりに辟易せざるを得ません。
本書の巻末に先に述べた通り手塚一郎氏の後書きが掲載され,
隣にゲームライターの佐山アキラ氏の解説が付いている。
佐山アキラ氏はゲームのノベライズも行っており
1996年に馳星周名義で小説「不夜城」で小説家としてデビューされている。
ベニー松山氏,手塚一郎氏,佐山アキラ氏と
ゲームライターから小説家になる事は珍しくないのだ。
JICC出版社が「ファミコン必勝本」を創作者を生む
「狂王の試練場」と考えていたと推測するのは邪推に過ぎるだろうか。