マイ・シューヴァル&ペール・ヴァ―ルー原作/ボー・ヴィーデルベルイ監督・脚本の映画「刑事マルティン・ベック」レビュー「北欧スウェーデンを舞台に描かれる「ハードボイルド」のザラザラした感じに震えるのである。」
「マルティン・ベック」はスウェーデンで夫婦共に作家の
マイ・シューヴァルとペール・ヴァ―ルーの
合作によって生まれた警察小説で
殺人課の刑事ベックを主人公とした長編小説が
都合10作品上梓されている。
僕がベックを知ったのは
シリーズ第4作の「笑う警官」であって…
アメリカ探偵作家クラブでエドガー賞の長編賞を受賞している。
その結果として本作は1973年に
ウォルター・マッソーがベック役を演じ
しかしながらジェイク・マーティンと改名され
米国で映画化されている。
本邦では「マシンガン・パニック」という…
原題とは似ても似つかぬ邦題で公開され…
翌年(1974年)マッソーは「サブウェイ・パニック」という…
これまた原題とは似ても似つかぬ邦題で
鉄道公安官のガーバー警部補を演じている。
何と言いますか…
「刑事」を主役とする映画・ドラマは今も人気ですが
マッソーの引っ張りだこぶりからも
当時の刑事ドラマの隆盛ぶりが垣間見えるのである。
ブックレットでは「ダーティハリー」(1971年)と
「フレンチコネクション」(1971年)が
当時の「刑事もの」人気を牽引していたと指摘している。
イカンイカン…「マルティン・ベック」の話だった…。
「マシンガン・パニック」は米国映画であり…
舞台を北欧ストックホルムから米国サンフランシスコに移していた。
無論ハリー・キャラハンがサンフランシスコ警察殺人課の刑事であり…
「ダーティハリー」に大いに対抗意識を燃やしていたのであろうが…
「マルティン・ベック」の生みの親のスウェーデンとしては
「こんなのベックじゃないっ」
「ベックはウチの子ですっ」
との不満が大いにあり…
「マシンガン・パニック」は興行的に失敗し…
原作者からも肯定的な評価を受けてない。
あのさ。
もしも「宇宙戦艦ヤマト」が…
「宇宙戦艦アリゾナ」に改題され…
日本人に真珠湾で沈められた
戦艦アリゾナをサルベージして
宇宙戦艦に改造する話にされて
クルーを全員米国人にされ…
米国で最初にアニメ化されていたらと考えたら…
「スウェーデンの気持ち」が分かるでしょ?
しかしながら当時のスウェーデン映画は
イングマール・ベルイマン一強で
あとは児童映画と成人映画があるだけだったと
ブックレットは指摘する。
こうして「マシンガン・パニック」から遅れるコト3年…
「マルティン・ベック」シリーズ第7作
「唾棄すべき男」を原作とするスウェーデン国内初のベック映画…
邦題もズバリ「刑事マルティン・ベック」(1976年)が生まれたのである。
本作のベックは原作通りストックホルムの殺人課の刑事であり…
登場人物が皆スウェーデン語で話すのだ。
病気で入院加療中のニ―マン警部が
何者かに銃剣(バヨネット)で惨殺される。
その新人警官が嘔吐し…
ベックも「こんな酷いのは初めてだ」と
漏らすほどの凄惨なやり口から
犯人はニ―マンに相当強い怨恨を持つ人物であり…
また銃剣の扱いに非常に手馴れているコトから…
犯人は軍人か警官とベックは目星を付ける。
警官の多くは軍人上がりであり
ニ―マンもまた「軍人上がり」だったのだ。
捜査の過程でニ―マンの悪評ばかりが浮上する。
彼は軍隊時代に覚えたやり口で…非常にしばしば暴力を行使し…
警察はそんな彼の所業を内輪で庇って揉み消していたのだ…。
やがて捜査線上に検索条件にピタリと符合する
ひとりの男の姿が浮かび上がる…。
本作品は大きくふたつのパートに別れている。
即ち最初の70分程が刑事ドラマパート…。
後半40分は犯人がビルの屋上から警官のみを無差別に狙撃して殺しまくり…
ストックホルムで市街戦が展開されるテロリストパートなのだ。
余り大きな声では言えぬが…
刑事ドラマパートは全くもって面白くない…。
犯人特定までがまことに一本調子で
対抗馬も無くミスリードも一切ないからで…
細やかな人物描写が…ドラマに殆ど関連がなく…
従ってその人物がドラマに出て来る意味が全く無い有様…。
また…「刑事ドラマパート」と「テロリストパート」の
繋がりも悪く…刑事ドラマパートで
ベックに追い詰められた犯人がテロを始めるのではなく…
ベックの捜査と何の関係もなくテロが始まるといった体たらく。
だったら刑事ドラマパート要らねえじゃん!
ただね。
この映画には「情」が一切登場せず…
「犯人さんも温かい血が通った人間なのよ」
といったお涙頂戴がない。
登場人物は誰ひとり感情を乱さず…
「熱血漢」など唯のひとりも登場しないのだ。
「ハードボイルド」と言うのは…本来は「堅ゆで卵」という意味だが…
転じて「あらゆる情実に左右されない冷酷非情で強靭な精神」を
指す様になった…。
そして…本作こそが
「あらゆる情実に左右されない冷酷非情で強靭な精神」
の持ち主ばかりが登場する「ハードボイルド映画」なのである。
本作の「ハードボイルド」ぶりは
テロリストパートでより顕著になり…
ベックが調べ上げた
犯人の…犯行に至った経緯は…
日本であれば…
「同情の余地がある」
と描写されるだろうが…
ベックも犯人自身も一切の「同情」を拒絶し…
犯人は自分の真情をベラベラ喋ったり…社会に対する不満…
世間に対する不満…警察に対する不満も一切漏らさない…
犯人は
「オマエ等に…オマエ等に何が分かる!」
とか泣き言を一切吐かず…
それどころか最初から最後まで一切喋らず…
ただ…ビルの屋上で…
熱いコーヒーの注がれた白いコーヒーカップに…
角砂糖を浸してから口に放り込み…
警官の無差別狙撃を続けるのだ…。
犯人はねえ…
すッこッしッもッ
「甘えてない」
んですよ…。
余りにも…
「感情」が徹底的に排除され…
「情実」が徹底的に排除され…
「同情」が徹底的に排除され…
その徹底したハードボイルドぶりに泣けて来るよ…。
登場人物全員が大汗をかき…
登場人物全員がボロボロ泣く映画とは
大した違いである。
この映画は…
「刑事ドラマパート」と「テロリストパート」に何の関連もなく…
脚本として欠陥があるとは思うが…
「ハードボイルド」という大大大大大関連があるので無問題なのだ。
面白い作劇だなあ。
テロリストパートの描写が
テロを取材する報道番組やドキュメンタリーを思わせる迫真に満ち…
ストックホルムでの
高低差のある街並みの中で展開される市街戦は…
こういうところに「北欧の街並み」の
特徴を最大限に生かす監督の非凡を感ずるのである。
今回のベックを演ずるカルル・グスタフ・リンドステットが
伊東四朗さんに風貌が似ていて…
伊東四朗が鈴木瑞穂声で喋る贅沢さに震えるのだ。
ベックの部下コルベリを演ずるのは安原義人さん。
スウェーデンは昔…
「スウェーデン直輸入」という言葉があり…
無修正のポルノでその名を馳せていたが…
本作に於いても
コルベリの生活スケッチで…
彼の局部を隠す気が全く無い。
完全完璧無修正。
流石は名にし負う
「スウェーデン直輸入」である。
局部なんてトイレや風呂で
毎日見慣れている「日常の光景」であり
ソレを隠す必要を微塵も感じていないのだろう…。
コルベリは…ハードボイルドな本作にあって…
唯一「激情」が描写される人物であり…
また生後間もない子供や妻に対する愛情も描かれる
「異物」として描かれ…
警視総監の命令に対して
「分かりました!ハイルヒットラー!」
と上役を面と向かって侮辱する一幕があるが…
彼のセリフは原作通りであって…
コイツだけ何故か「ニューシネマっぽい」のである。
恐らく監督がハードボイルドに徹し切れない原作を
相当改造した「改造し忘れ」が
コルベリである様に思えるのだ。