現代詩「終わりであって始まり どちらかと言えば終わり」
「終わりであって始まり
もしくはトム・ウェイツが胸に沁みる」
村崎カイロ
もしも僕が深夜喫茶店をやっていて
朝の六時が閉店だったら
最後にトム・ウェイツを流して
店仕舞いにしよう
空から夜の色が薄まって
東の空が白む時間に
トム・ウェイツが沁みるのは
長い夜を徹して
長い人生を振り返ったから
生まれ出づるものもあれば
消えていくものもあって
常ならず
流転していく中に
一際大きな悲しみがあって
なお一層大きな喜びもあって
薄明の時間は一日の終わりであって
新しい朝の始まりでもある
深夜喫茶店に来た男たちにとっては
どちらかと言えば
終わり
であって
どちらかと言えば
夜の施す化粧が
剥げ落ちることの
悲しみである
くたびれた男たちは
鴉のコートを羽織って
背中を丸め
薄明の中に消えていく
最後の一人が店を出て
僕は営業札を下げに外に出た
一日の淀みが凝り固まって夜になり
すっかりそれが漂白されて朝になる
深夜喫茶店の仕事は
淀みの凝りをほぐして
夜を朝に変えることなのだ
無事に朝を迎えて
僕はほっとため息をつく
店内ではやはりトム・ウェイツが流れていて
僕は閉店後のカウンターに腰掛けて
コーヒーを一杯だけ飲んだ
「終わりであってはじまりの終わり」
僕が空想する深夜喫茶店では
深夜と未明が交錯し
くたびれた男たちは
奇術師になったり
ペテン師になったり
ジゴロになったり
或いは烏になって夜を翔ぶ
その実 彼らは魔法使いで
時折深夜喫茶店は
魔法が生み出す黒い薔薇に満ちる
彼らの魔法は
深煎りのコーヒー豆と
慢性疲労と
孤独からできている
彼らの魔法が開花して
深夜喫茶店に
黒い薔薇が咲くごとに
僕の心は拍手を送る
そういう蓄積を十数年と経て
やがて深夜喫茶店は廃業を迎え
最後の未明に
僕はカウンターに腰掛けて
コーヒーを一杯だけ飲む
そのコーヒーは
終わりであって始まりでもあるが
どちらかと言えば終わりである
僕はほっとため息をついて
無人となるカウンターに声をかける
さようなら
おやすみ
ありがとう