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#1400字小説『八方ビッチと二面鏡』
正直な話、ほんとはちょっと、羨ましくはあったんだ。
「わたしは捺鍋手愛須(おしなべてあいす)ですわ。みなさまのことが大好きです。愛してます!」
あたしの前の席に座った女は、頭がおかしかった。
高一の最初のホームルームで、しかも女子校の教室で、まだ性格も名前も知らない(オシナベテは出席番号順が早いからこの時点で自己紹介を済ませていた奴はほぼいない)クラスメート全員にいきなり告白をし出した。
「なあ、オシナベテ。お前さ、もしかして付き合ってる奴とかいんの? いねーわな」
意味わかんねーから、逆に気になって、話しかけて。
「いないわカガミガミカガミさん! あれ、そんなこと聞いてくるってことは……もしかしてわたしのこと気になってる? あぁもう大好き、愛してるわ!」
返す刀で、告白された。
しかも、いきなり名前を呼ばれた。フルネームで。馴れ馴れしい。
『変なヤツ』──そのイメージは、喋りかけてみて、友達みたいな関係になっても、変わることはなかった。どころか、その印象は、一緒に過ごすようになってから、深くなっていくばかりだった。
「捺鍋手―、次移動教室だぞー」
他のクラスメートと行動を共にするのは疲れるから、ちょくちょく話しかけてたら。
「準備は万端よ! わたしがすでに知っていることを得意顔で伝えに来てくれるカガミちゃん、かわいいわ、愛してる! 好き!」
そのたびに告白された。
「おーい、ナベテー、次体育だぞ……って!」
かと思えば。
「好きよ! 大好き! わたしたち、運命なんじゃないかしら!」
「な、なに、この子、こここ、こわいです! 初見さんこわいです! 人見知りなので!」
目を離したらすぐ、他の生徒にも告白してるし。
「その反応もかわいい! 好きよ!」
「だーっ、もう、だからだれにでもすぐ告んのやめろって! ほら、嬉岳さん恐がってんだろ! ──ごめんねえ、嬉岳さん。アイスちゃんってば、昨日わたしが貸した漫画にちょっと影響受けちゃったみたい! いやあ、少女漫画に夢中になるお年頃だもん、しょうがないよね! ──ほら、さっさと着替え行くぞ」
「えー、ガミガミのいじわるーっ」
問題にならないように仲裁する身にもなれっての。
「でも、そんなところも好きよ!」
「あー、はいはい。うるせえなあもう」
ほんと、一緒にいると疲れるわ。
「なあアイス、五限の数学って課題出てたっけ?」
でもな、正直な話。
「好きだから見せてあげる!」
ほんとはちょっと、憧れてたんだ。
「お前さあ……ほんと、思ったことそのまま言うよなぁ」
「当然でしょ? わたしの博愛は、真実の愛なんだから!」
だって、あたしは──
『みなさん初めまして! カ・ガ・ミ・ガ・ミ・カガミでーす! 覚えにくい名前だけど、噛まずに呼んでくれたらうれしいなー!』
─―あたし自身を、すぐに隠してしまうから。
「ふん。八方ビッチが」
「お互い様でしょ、二面鏡さん」
真っ直ぐで淀みない、淡く透き通って、いまにも溶けてしまいそうなくらい儚い、氷みたいなお前の心が、羨ましかった。
「……あたしの本性が”これ”なの、ぜってーだれにもチクんじゃねえぞ」
「心得てるわ。ふたりだけの”秘密”ね」
あと、もうひとつ、これはもっと正直で、もっと聞かれたくない話なんだけどさ。
「だからカガミ自身も守らせて! かわいい面もクールな面も両方!」
「まあ気が向いたらなー」
初めて名前を呼んで告白してくれたとき、ちょっとうれしかったのは。
お前も知らない、あたしだけの秘密だ。
完。つづく──。
「好きよ、愛してる」此処は、秘密の香り立つ乙女の花園。「はいはいうるせえ」花は、種を植えれば咲くものではない。「あら、つれないわね」「もう聞き飽きたよお前のそれは。あたしで何人目だ」「"今日は"一人目よ!あなたが初めて」「ふん。八方ビッチが」「博愛こそが真実の愛よ」蕾はやがて──。
この小説は、Twitterの方で投稿した#140字小説『鏡には、反転した真実が映る』の拡張版です。併せてお読みいただくと幸いです。フォローもよろしくお願いします!