掌編小説:✨️おはぎ✨️~中途半端が許せない女~
🔷小説紹介
英会話教室に通う主人公:響(ひびき)は、英会話が楽しく、少しくらい間違うことを恐れず、いつも積極的に英会話に参加しています。教室には、有名な女子大を卒業し、大企業に勤める美人の美沙子も通っています。美沙子は、いつも教室の生徒を少し見下げたような態度をとっているのです。ある日、そんな美沙子に事件が……。
※この掌編小説は、約2,500字、5分ほどで読めます
「おはぎ~中途半端が許せない女~」
1
英会話教室の休憩時間のことだった。私は、友だちのみどりとおはぎの話をしていた。なぜ、おはぎの話題になったのかは忘れてしまったけれど。みどりが懐かしそうに私に言った。
「おはぎ、美味しいよね。昔、よく田舎のお祖母ちゃんが作ってくれたの。餡から作ってくれるのよ。本当に美味しいの」
「手作りだったら、なお美味しいだろうね」
「そうなのよ。太るってわかっていても、いくつも食べてしまって」
私とみどりがきゃあきゃあ言っていると、
「私、おはぎって食べ物が許せないの!」
美沙子さんが突然に言った。私もみどりも美沙子さんの勢いに気まずい雰囲気になって黙ってしまった。
「だいたい、あの粒餡が許せないわ! 中途半端に皮が残っていて。それに餅の部分もそうよ。お餅なの? ご飯なの? あの中途半端な餅も許せないわ!」
美沙子さんは気まずげな私とみどりを見ても構わず、おはぎが許せないと言い続けたのだった。そして、言うだけ言うとテキストを取って、私とみどりを軽蔑したように眺め、自習を始めた。
こんなにハッキリ言ったのは初めてだけど、美沙子さんはいつもこんな調子で、英会話教室のみんなをバカにして、冷たく無視しているのだ。
美沙子さんはアラサーで、目鼻立ちの整った美人だ。均整の取れたスッキリしたスタイルで、いつもお気に入りのブランドの洋服をオシャレに着こなしている。
英会話教室の友だちの話しでは、有名な女子大を卒業し、一流企業に勤めているらしい。才色兼備を絵に描いたような女性なのだ。
2
そうこうするうちに休憩時間が終わり、授業が再開された。リンダ先生がモデル会話の説明をされると、美沙子さんは辞書を引きながら、熱心にノートを取っていた。
ところが、リンダ先生の説明が終わって、会話の実践練習の時間になると、美沙子さんは、絶対に一言も英語を話さなかった。
私たちが怪しい英語で楽しそうにペアワークをしていると、美沙子さんは冷たい白けた目で私たちを眺めていた。
英語っぽい表現を知りたくて、私がリンダ先生に質問して、レッスンが少々脱線したりすると、
「響(ひびき)さん、質問はもういいですか? だいぶ時間もとっているし……」
と美沙子さんに制されることがよくあった。それでいて美沙子さんは一言も英語を話さないのだ。
「私は間違った英語を話したくないので、英文法をマスターしてから会話に参加します」
美沙子さんは、毎回、同じことを言った。「通じればいいかな」と言うレベルの私たちとは話したくないようだった。
美沙子さんは美人で頭もよく、能力を発揮できる仕事に就いているのに、いつも不満そうで、楽しそうには見えなかった。私は美沙子さんといると何となく落ち着かない気持ちになって、彼女が苦手だった。
それからしばらくすると、無遅刻無欠席だった美沙子さんが、急に教室に姿を見せなくなった。美沙子さんには申し訳ないけれど、私はほっとしたような気分になった。
3
そんなある日のことだった。
「ねえねえ、美沙子さんが心を病んで入院しているらしいわよ」
「え! 本当?」
「美沙子さんの会社が、社内公用語を英語に統一したらしいのよ。社員同士の電話やメール、ミーティング、議事録などの文書を全て英語で行うようになったらしいのよ」
どこで聞いてきたのか、噂好きなその生徒は見てきたかのように話した。
「美沙子さんは英文メールなんかを英語で書くのは全く問題なかったらしいけれど、一言も英語を話さなかったらしいのよ」
「もしかして『英文法をマスターするまでは話しません。間違った英語を話したくないので』って言い張ったとか?」
「そう! その通り! それで業務に支障をきたすようになったんだって」
噂好きな生徒の話では、美沙子さんはもともと同僚と上手く行っていなかったらしい。そこへ社内の公用語が英語になったことで、ますます人間関係のストレスが酷くなったと言うのだ。
その時、私は突然におはぎのことを思い出した。皮がのこって中途半端な粒あんが、許せない美沙子さん。お餅かご飯かはっきりさせないと我慢できない美沙子さん。完璧な英語を話すまでは、中途半端な英語を絶対に話したくない美沙子さん。
心を病んでしまうまで美沙子さんを苦しめたのは、人間関係のストレスではないような気がした。美沙子さんは、中途半端なおはぎを許せないように、きっと英語を完璧にマスター出来ない中途半端な自分を、誰よりも許せなかったのだと思う。
私は、美沙子さんが教室に来なくなって、ホッとしていた自分を後ろめたく感じた。
4
私は噂好きの生徒から美沙子さんが入院している病院を聞き出し、迷った末にお見舞いに行った。美沙子さんの部屋は綺麗な個室だった。美沙子さんは、意外にも笑顔で私を迎えてくれたのだ。
「響さん、来てくれたのね」
「お加減はいかがですか?」
「私ね、会社に適応できなくて……」
「大変だったんですね」
美沙子さんは、私をチラッと見て、少しつらそうな顔をして言った。
「倒れて入院した時は、自分を用無しのダメ人間だと思って絶望したわ……」
「無理を重ねていたんじゃないですか?」
「そうね、そうかも知れない。でも、本当に入院して良かったのよ」
「えっ?」
「精神科の先生の診察を受けたり、カウンセリングを受けたりするうちに、少しずつ気持ちが楽になったの。今は自分でも驚くほどよく眠っているわ」
そう言うと美沙子さんは少し笑った。そして、ちょっとためらってから、私にこう言った。
「響さん、あなた本人に言うのはどうかと思うけど、英会話教室では響さんが憎らしくてね」
「え? 私が?」
「そう。ちょっとくらい間違っても、楽しそうに、どんどん英語で会話しているあなたが、憎らしくて」
「そうだったんですか?」
「今、思うと羨ましかったのね」
そう言って、美沙子さんは苦笑いをした。
「私、倒れて良かったと思うわ。精神科の先生やカウンセラーさんにやっと本音で話せたの」
「そうだったんですね」
「初めて自分を振り返れた。自分がいつも『完璧でないといけない!』って、自分を追い詰めていることに気づいたの。そうよ、間違ってもいいってわかったの」
美沙子さんはしみじみと言った。そして、ベッドから出て、テーブルの上の紙包みを開いた。
「響さん、お茶を入れるから、一緒に食べましょ」
「あ! おはぎ!」
「嫌いだと思っていたけれど、食べてみると、おはぎ美味しいね。粒餡ももち米とうるち米のお餅も」
美沙子さんはそう言って笑った。以前は、中途半端で許せないと言っていたおはぎを、美味しそうに食べている美沙子さんを見て、私はホッとした。苦手だった美沙子さんと一緒に、私も美味しくおはぎを食べた。
部屋に餡ときな粉の美味しそうな香りが漂い、おはぎを食べている美沙子さんは、別人のように穏やかな顔をしていたのだった。
<完>
🔷作者より
いかがでしたか? まったく間違わない人なんていませんよね? 間違わなくなるまで、勉強したり、練習したりして、それから行動しようと思っていると、いつまで経っても、行動できません。そんな中途半端な自分を責めて、つらいだけですよね? あなたはこの掌編小説を読んで、どのように感じられましたか? コメント欄で教えて頂ければ、泣いて喜びます(笑)どうぞよろしくお願いします。
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