「正義」と「真・善・美」
朝渋ネタ。ゲストは、作家の平野啓一郎さん。
『「カッコいい」とは何か』(講談社現代新書)
カッコいい、と思うもの。
阿波おどりの女踊り、ってカッコいいと思う。
すっと伸びた指先、内へひねる足の運び、全身のシルエット。
単体でもカッコいいし、団体でもカッコいい。
見たとき、聞こえたとき、出会ったときに、
「うわ〜〜〜〜!」
って、しびれちゃうのが、カッコいい、ものなんだそうだ。
身体的、生理的な高揚感。
しびれちゃう体験じゃなく、
しびれちゃう体感だと。
生き方が変わってしまうような。
それが、音楽やアート、芝居や映画や踊りではなく、
しびれてしまう人、となると、
その人の生き様が、しびれてしまうことになる。
こういうふうに、この人のように生きていきたい。
いってしまえば、ロールモデル。
カッコいい人は、言葉を持っている。
著名人なら、名言録があったり、
発する言葉が、人をしびれさせる。
言語化がうまい。
そして、「真・善・美」を心得ている。
真善美は、ビジネスばかり、仕事ばかり、勉強ばかり、スポーツばかりしてても
心得ることはできないだろう。
アートに触れること、自然に触れること、本物に触れること。
そして、考え抜いて、言語化すること。
真善美は、「イマ・ココ・ワタシ」の対極にある。
イマココワタシは、
先のことよりも今のこと、
狭い範囲、半径5m、ココだけで十分、
みんなのことじゃなく、わたしだけ、わたしの友だちだけ。
真善美で思い出す経営者に、
伊藤忠商事の丹羽宇一郎さんがいる。
丹羽さんは伊藤忠の社長時代、
「経営は、clean honest beautiful でなければならない」
と。
18年ぐらい前に聞いた言葉だが、
今になって、しびれてきた。
見回してみて、clean honest beautiful な経営者がいるだろうか。
ビジネスとはそんなきれい事じゃできない、
んだろう。
だけど、ホントにそうだろうか。
朝渋で、2回続けて「真善美」が出てきた。
今回の平野啓一郎さん、前回は産業医の大室正志さん。
そこで、考え始めた。
真善美と正義、について。
人それぞれ、国それぞれに正義はある。
アメリカの正義、北朝鮮の正義、中国の正義、韓国の正義、
日本の正義、自民党の正義。
世の中、正義と正義のぶつかり合い、
だということは理解している。
では、真善美は人それぞれの真善美があるのか。
ヒトの数ほど、真善美はあるのか?
どうなんだろう。