昔昔の詩の欠片の詰め合わせ03
巡る星と、
九十九の月を越えて廻り着いた夜の下
僕の顔で笑う星に会った
水たまりの上の小さな僕
君は何処までも何処までも登りつめてついに天へと辿り着いたのだろう
金色に輝く君は凛として、その美しさは他のどの星も及ばぬ程の。
あぁ、あんなにも君は遠くへ行ってしまった
僕はこの小さく狭い世界から一歩も動けずにただ君を見上げることしか出来ない
どうか君よ
今一度此処へ
どうか
まだ僕らが共に在った頃のように
臆病なこの僕の手をひいてくれないか
君がいない世界のなんて息苦しいことだろうか
君がいない世界なのになんて月が美しいのだろうか
退廃的歪とメランコリック少年
退廃と憂鬱の狭間の糸
絡まり合って心に触れる
少年と真珠
その間にある点と線を繋いでいけば
そこは銀河へと変わる
紺色の夜間着の隙間から
ミルク色の肌を淡い橙に照らして揺らぐランプの灯り
右手の鉱石は記憶の欠片
左手の錆びた鍵は証
一人きりの深夜特急 隣には誰もいない
天井に描かれた古びた扉を開けるすべは未だわからず
ふいにため息が一つ
少年の吐息は生き物のように見えた
口から漏れ出したそれはほんのりと紫色で
ゆらめきながら蛇行して部屋の四方へと散っていく
満ちてゆく紫が部屋を覆い隠したとき
少年は夢へと還るのだろう
水面に沈む恋椿
片想いをした椿が、恋に堕ちるように水面に向かう
「たとえこの身が散ろうともこの恋心は砕けない」
赤い椿は酸素の泡を吐き出しながら
宇宙のような暗い湖の中に沈む。
沈む、沈む。深く。
水底につくと星のやうに輝くたくさんの鉱石たちが広がっていた。
「あら、珍しいお客様だね。いらっしゃい」
ほんのりと青い光。ラピスラズリが言った。
「やぁ、椿さん」
孔雀石がコロコロと笑っている。
椿はなにも答えず、ただ悲しそうに微笑むだけだった。
「あぁ、赤く紅く燃えてしまえたならどんなに良かったことだろう」
嘆き悲しむ椿がひっそりと歌うのはなくした恋の詩。
その歌声の透き通る美しさは皆を魅了した。
「なんて切ない」
「美しい声だ」
「高潔な魂だ」
湖の底、ざわざわと揺れて光る宝石たち。まるで、夜空に輝く星のように煌めいている。
椿を褒め称える声が響き渡る。
けれども、椿はその心に悲しみを抱えたまま。
「せめて、この声を届けられるのであればほんの一寸の後悔すらも抱かないのに」
椿の小さな体から零れ水に滲むその赤い命は辺りをほんのり桃色に染めてゆく。
キラキラ光りながら溢れ出るそれは水底に沈むどんな宝石たちよりも一層美しく輝いて。
(嗚呼、嗚呼、もうすぐ私のときは止まってしまうことでしょう…終ぞあの方にこの声を届けることなど出来やしなかった)
(けれど。それでも...いいえ、だからこそ、私は最期の最後、命散りゆくその瞬間まであの方を想い続けよう。)
今際の際、椿は一層輝きその生涯に幕を閉じる。
最期に浮かべた透き通った微笑みはこの世のどんなものよりも美しかったと水底の宝石たちは声をそろえたのだった。