昔昔の詩の欠片詰め合わせ01
「胸懐と境界。」
白い。
何も聞こえないこの部屋で唯一の音楽、君の鼓動。吐息と、
染まる思考が、旅路へと促す。
嘆くのは何故か、銘々の感情の行く先は。
あぁ、何もかもが白くぼやけてゆく。
明瞭としないその輪郭を辿る指が落ちて。ぼたりと響いた。
蛇口
空を見上げると白い鳥が飛んでいた。壊れているのかもしれない、また思考に苛まれる。いつから自分の欠陥を、欠落を感じるようになったのだったか。物心ついたときには自分はどこか線の外側にはみ出しているように感じていた。○○○○の名と体を奪った化物。僕は僕で在ったことしかないので、僕にはそれが万人が感じている感覚なのかどうかの区別がつかない。人間は皆、自分を壊れていると思いながら暮らしているのだろうか?
玄関の鍵をあける。洗面所からばしゃばしゃと水の音がしている。ただいまと声をかけてみるがやはり返事はない。10年前から変わらず今日もまた手を洗い続ける姉を見ながら、僕は少しほんの少しだけ安堵するのだった。
夜の淵に咲く花
いつまでも降り続ける花の、噎せかえる程の熟した甘い香りと君の亡骸。
夜の淵に沈む君の、胸に空いた穴、そのがらんどうに種を植えて
芽吹くカタチに愛と名付けよう
流れてゆく想いはやがて最果てへと辿り着く
枯れた花が降り積もるそこで僕は佇む
極彩色と鯨の背
届かぬ程に遠く色褪せてゆく君の面影
輪郭を亡くした君の影が
キャンドルの灯りのように揺らめいては
嘗て此処にいた誰かに埋没してゆく
そして僕は消え行く痕跡を集めて心に埋める
かん高い、耳を刺すような鳴き声が絶え間なく聞こえる空のした
遥か頭上高く、青の中をまるで泳ぐように白い鳥が彷徨う
突如、はらはらと崩れるように、僕の目の前へと落ちる白。
呼気が途絶え、冷気に満ちる空
あぁ、また一輪花が咲いた。
街角の魚
夜が明けきらない街の、澄んだ水色に輝く空気の中を半透明な魚がゆらゆらと泳いでいる。ビルとビルの隙間。ひらりひらりとまるで舞うように旅する魚は、きっと。君の形をしている。
「レンズ越しに見た世界はあの海の底に住む魚の視界なのかもしれない」
いつだか君がそう呟いたのを思い出した
世界から君が消えた日、魚の視界を手に入れたのは誰だったのだろう
朝の靄にキラキラと輝く光の群れが横断歩道を渡っていく。ほんの少し前までは君も、僕も、その中の一つだった。たった二つはみ出した。あぁ、ぼくらが生きる街はこんなにも軽い。
対岸、ビルの窓が光を反射している。今日も変わらずやってきた朝は微笑む。朝日に照らされ光る魚。消える、崩れるみたいに。そうして、消えた魚の行く先は君のいる場所なのだろうか。
僕の今日がはじまる。じきにこの街もすぐ人で溢れるだろう。
視界の端で君の髪がたなびくのを見た気がした。