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帰らないデータ

 まだ子どもがずり這いをしていた頃。何気なくテレビを付けてNNKを流していると、「おじゃる丸」のエンディングテーマ、TWEEDEESの「プリン賛歌」が耳に飛び込んできた。その瞬間、不意に遠い記憶が蘇った。

 冬の寒い日だった。ソファと石油ストーブの間で、ぬくもりに包まれながら『ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド』を遊ぼうとゲームボーイの電源を入れた。だが、画面に映ったのは、無情な「さいしょからあそぶ」の文字だった。

 慌ててはいけない。これまでも電源を入れ直すとデータが復活したことがある。そう信じて、祈るようにもう一度電源を入れる。

 しかし、何度試してもデータは戻らなかった。ドラクエのデータが消えるのは、もはや宿命なのだろうか。カセットを息で拭き、慎重に差し直しても駄目だった。長い時間をかけて育てたモンスターたちが、一瞬にして消え去った。あのとき、部屋には「プリン賛歌」が流れていた。

 本当に悲しいとき、人は不思議と何も感じないものだ。ただ呆然としたまま、私は「さいしょからあそぶ」を選んだ。その淡々とした行動は、幼いながらに人生の理不尽を受け入れた瞬間だったのかもしれない。

 「プリン賛歌」はそんな喪失の記憶を、優しく甘い旋律で包み込む。消えたデータは決して戻らないが、どんなに苦い経験も、時が経てばこうして懐かしい思い出に生まれ変わるのだ。

 旋律の中、意識の外側で子どもの鳴き声が聞こえる。そろそろ現実に戻る時間だ。

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