無銘の徒

誰かの日常。 心に移り行くことを取り留めもなく。

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誰かの日常。 心に移り行くことを取り留めもなく。

最近の記事

ラベルに残った記憶

 学生時代の友人と、たまたま近くで働いていたことがあった。その頃、仕事帰りによく一緒に遊んだことを思い出す。ふらっと飲み屋街に足を向けてみたり、電気屋に寄って最新のパソコンを触ってみたり、目的もなく街を彷徨い歩いていた。  そんな中、ある夜、面白い日本酒に出会った。けれど、飲みすぎてしまったせいで、その名前をどうしても思い出せなかった。しかし最近、昔の写真を整理していたとき、偶然その日本酒のラベルを撮った写真を見つけた。それで、ようやく名前を思い出したのだ。「讃岐くらうでぃ

    • 終わらぬ旅路

       エンディングまでたどり着けなくても、心に残るゲーム体験がある。例えば、友人に「これは面白いぞ」とすすめられ、期待に胸を膨らませて始めたアークザラッドⅡ。やり込み要素の多さに夢中になり、攻略本を片手にじっくりとやり込んだ。  小学校の頃、クラス中で流行していて、誰もがアークの冒険談を語り合っていた。放課後の教室では「昨日、ロマンシングストーンを完成させたよ」とか「ついに不知火を手に入れた!」といった話題が飛び交い、私はその熱狂から置いていかれまいと、急いでさくらやに向かった

      • 薄味の先にある誘惑

         子どもに合わせて、家族の料理が減塩、薄味になってから数年が経った。そのおかげか、今では外食やスーパーのお惣菜の濃い味付けに毎回驚くと共に、その美味しさに感動してしまう。  もちろん、薄味の方が体にはいいとわかっている。人ではないが、子どもの頃に飼っていた猫は腎臓が悪く、濃い味が体に及ぼす影響に敏感になった。結局、その猫は腎臓病が原因で10歳を少し過ぎた頃に亡くなってしまった。20歳まで生きることも珍しくない昨今を考えると、早かったと思う。  人間も同じで、味付けが濃いも

        • 甘さの代償

           お酒は弱いので、飲み会ではソフトドリンクを頼むことが多い。糖分の摂り過ぎは避けているつもりだが、ついついオレンジジュースやグレープフルーツジュースを注文してしまう。これらにはビタミンCやミネラル、様々な栄養素が含まれているはずなので、おつまみの塩分と油分を相殺し、トータルでプラスマイナスゼロにできると信じている。「信心深き者は救われる」と言うし、きっと大丈夫だろうと自分に言い聞かせている。  そして、コーラは別格だ。飲むと自然と心が軽くなり、口の中を駆け抜ける発泡感と官能

        ラベルに残った記憶

          死者に語りかける声

           リアル脱出ゲームで死亡したことがある。あれほど悔しい敗北はなかった。目の前にはすべての材料が揃っていたのに、どう組み合わせれば脱出できるかが分からなかったのだ。残された時間は刻一刻と過ぎ、最期の瞬間が訪れたとき、私はただ肩を落とすことしかできなかった。  しかし、あの時こそ、ゲームマスターの真価が発揮される瞬間だった。彼は静かに歩み寄り、柔らかな声でこう語りかけた。 「惜しかったですね。実はこんな風に解けるはずだったんです。」  その言葉には、私たちが成し得なかった成

          死者に語りかける声

          即興のセール劇場

           高校生の頃、少しでも安くエレキギターを手に入れようと、新年の楽器屋セールに足を運んだ。年明け早々、冷たい風を感じながら自転車を走らせ、期待に胸を膨らませながら店内に入った。  そこでふと目についたのは、二人組の若い男たち。ロックンローラーやパンクスのような派手な出で立ちではなく、ジャケットにジーンズという、どこにでもいる普通の大学生のようだった。  彼らは店の隅で、セール品が次々に売れていく様子を、まるで実況中継するかのように楽しんでいた。「お、それ安いね。誰か買うかな

          即興のセール劇場

          執念の痕跡

           人が何かに真摯に向き合う姿には、深い美しさがある。その集中や執着には、時には自他を傷つけ、浅ましさや醜ささえも感じさせる執念が必要だ。その執念が宿った、そこに残された痕跡を辿ることには、独特の楽しさがある。  美術作品を間近で観察することで、作者の執念、迷いや試行錯誤の跡を感じ取ることができる。か細く繊細な線の中に、突然荒々しい一線が現れることがある。その逆もまたしかり。完成された技術や熟練した色使いも美しいが、特に心を惹かれるのは、迷いながら描かれた未完成の線だ。そこに

          執念の痕跡

          消せない記憶

           スーパーファミコンでは、一部のソフトが一万円を超えるほど高価だったが、ゲームソフト自体にセーブ機能が備わっていることが多かった。一方、初代プレイステーションでは、ゲームの途中経過を保存するためにメモリーカードが必須だった。しかも容量に限りがあり、泣く泣く古いデータを削除しなければならないことも少なくなかった。  プレイステーションを代表する印象的なゲームの一つに「クラッシュ・バンディクー」がある。コミカルなキャラクターが登場する反面、その世界観やゲームの難易度はかなりハー

          消せない記憶

          ありがとう、おやすみ

           起床後すぐに水分を取ることは大切だと言われている。しかし最近、朝に水を飲むと胃腸が重く感じることに気づいた。これまでは200mlほどを一気に飲んでいたが、それが原因かもしれないと思い、100mlほどをゆっくり飲むようにしたら、少し楽になった。    そういえば、夕方にチョコレートを食べると胃腸が痛むことがあり、それ以来、夕方は甘いものを避けるようにしていたのを思い出した。日中や夜は何を食べても平気だった胃腸が、どうやら最近は朝と夕方だけ少し敏感になっているらしい。  思い

          ありがとう、おやすみ

          断捨離通信

           身の回りのものはある程度整えておきたいので、定期的に断捨離をしている。それは物理的なモノに限らず、デジタルなモノも同様だ。最近は、スマホの通知の断捨離を決行した。  ひっきりなしに届くアプリからの通知。とりあえず入れただけのアプリから送られてくる不要なお知らせや、思い出すのも億劫なサイトからのメール。朝起きるたびに溜まっている通知を眺めていると、それだけで心が重くなる。絶え間なく押し寄せるデジタルの波に溺れそうな感覚だ。不安が頭をもたげる。 「何か大事なものを見逃している

          断捨離通信

          それでも進む日常

           新型コロナウイルスで緊急事態宣言が発令されてしばらくした頃、一度だけCOCOAから「濃厚接触者になった」という通知が届いた。  どこで接触したかは分からないが、指定された窓口に電話をすると、保健所での検査が必要だと言われた。  在宅ワークで運動不足を感じていたこともあり、自転車で保健所へ向かうことにした。季節は秋の入り口、まだ暑さは残っていたが、夏のピークは過ぎていた。  自転車を漕ぎ出すと、風が心地よい。川沿いの道を進んでいくと、マスクをした子供たちの笑い声や、ベンチ

          それでも進む日常

          王国の支配者

           ゲームのバグを見つけると、その瞬間、自分がその世界の支配者になったかのような気分になる。  タイトルが「Bugdom=虫の王国」なのは偶然だが、このゲームには3Dゲームにありがちな壁すり抜けのバグがあった。壁をすり抜けると、地平線の彼方まで進んでいくことができる。そこには何も無い、ただ自分だけがいる。まさに新天地だ。そこには何も無いが制限もないので、世界が自分だけのものに感じられた。  同じくPangea Softwareのゲーム『Nanosaur』では、何かに乗ること

          王国の支配者

          Microsoft Plus!

           昔、WindowsにはMicrosoft Plus!という有料のパワーアップキットがあった。妙に魅力的だったのを覚えている。  鮮やかな色合い、小気味良い効果音、そのすべてがエンターテイメントの華やかさを持っていた。特に印象に残っているのはWindows98用のスヌーピーのテーマ。パソコンがテレビになったかのような感動があった。  またワインレッドのエレキギターが鳴り響くテーマ、謎の生命体と異質な空間が広がるテーマなど、小さな宇宙が画面の中に広がっていた。 パソコンを

          Microsoft Plus!

          祖父の冒険

           父方の祖父はテレビゲームが好きで、私が泊まりに行くたびに、よく新しく買ったゲームを見せてくれた。祖父の家は、ボタンを弾く音やゲームの音楽が良く響く。祖父はやり込みが好きで、キャラクターのパラメータはいつもカンストしていた。彼が一つのゲームにかける情熱は、子供心に尊敬していた。  一番記憶に残っているのは、『ドラゴンクエストⅥ』で祖父がダークドレアムを瞬殺したときだ。その頃、私はまだライフコッドで目を覚ましたばかりだったので、その凄さが分かっていなかった。それでも、祖父の手

          祖父の冒険

          おままごと三ツ星スイーツ巡り

           娘と自宅で、今まで食べたことのない三ツ星シェフによる最高級スイーツを堪能している。もちろん、食べ放題だ。  フォークで一切れを切り分けるたびに、記憶の中の一番美味しいケーキを頭に思い浮かべる。濃厚で口どけが滑らかなホイップクリーム、その中に隠れるイチゴの酸味が絶妙なショートケーキ。二口目には、スポンジケーキの奥深くに広がる卵のまろやかさと、じわりと広がるコクを想像する。  娘が半分に割ったシュークリームを私のほうに差し出す。次は少し趣向を変えて、ジャンキーな味わいを想像

          おままごと三ツ星スイーツ巡り

          失われた騎士の輝き

           騎士竜戦隊リュウソウジャー。王道のキラキラギラギラとしたOPに対して、ほろ苦いエピローグが印象的だった。  この物語には、リュウソウジャーになれなかった、ナダという男が登場する。この人物の境遇が切なく、そして大人の心に深く訴えかける。  ナダは主人公コウ以上に剣技に長けており、リュウソウジャーの候補であった。しかし選ばれず、夢は打ち砕かれることになる。そして選ばれた者たちを横目に失踪する。その後、物語が進む中で、彼はリュウソウジャーと敵組織ドルイドンの戦いに駆けつけ、彼

          失われた騎士の輝き