創作1 花屋の君に
あれは梅雨に入りかけていた時期だろうか。小雨が長くづついていた。
「今日も雨か…。憂鬱だな…。」
私はいつもの通勤路をいつものように傘をさしながら今朝防水加工を施した革靴で歩いていた。
「そういえば、もうすぐおばあちゃんの誕生日だな。おばあちゃんは花が好きだったっけな。」
私は祖母の誕生日など今まで祝ったことはなかった。それなのに今年は誕生日プレゼントをあげようと考えていたのだった。
そんなことを考えているとちょうど目当ての店が目に入ってきた。街によくあるちょっとしたお花屋さんだ。
「いらっしゃいませ。」
よく通るはっきりした声が聴こえてきた。
「何かお探しですか?」
定員が訪ねてきた。
「…祖母への誕生日プレゼントにお花を、と思いまして。」
私は答えた。私は緊張していた。私は買い物は苦手である。このセリフも十分に考えて用意したものだ。
「かしこまりました。」
目が合うと定員は満面の笑みでそう答えた。
私の胸は高鳴った。これはなれない場所への緊張か、それとも定員さんへの淡い恋心か判断が付かなかった。
「鉢植えか地植えかどちらがよろしいでしょうか?」
さらに定員が聞いてきた。私の動揺は気付いていないようだった。
「庭があるので地植えの方が喜ぶと思います。地植えでお願いします。」
その後、あの花はどうだとかこの花はどうだとか定員さんと話したが夢のような心地だった。
花を決めたら夢が覚めるのは分かっていたが決めないわけにはいかない。
「じゃあこの花で。」
私は定員がイチオシであろうと思う花を選んだ。
会計を終え包装を施している様をじっと眺めていた。それだけで幸せだった。
新しく増えたきれいにラッピングされている花を手に持ち家路についた。
翌日
私は同じ店の前にいた。
「いらっしゃいませ。」
昨日聞いたよく通るはっきりした声が聴こえてきた。
「なにかお探しですか?」
テンプレートの同じ質問だ。
「君に贈る花を探している。手伝ってもらえないかな?」
私は勇気を振り絞って声を出した。
「お客様。申し訳ありませんが、そういうのは、困ります。うけたまわりかねます。」
私は一礼をした後、踵を返して店を出た。
私の短い青春は簡単に終わった。