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夏の終わりに思い出した

 snsというものは、つまるところ他者との関係性を考えさせられる。自分だけの宝物を大切にする気持ちが徐々に喪失する場所。でも、時に、、、と、、、随筆チックな文体でとりとめのない他者との関係性について、散文を書こうとしたのだけれど、君への手紙を書くことに変更する。ばかなんで。
 私信を書く。面前フルオープンのこの場所で。

 君とは2度と言葉を交わすことも、テーブル越しにお茶を飲むことも、2度とないだろうと察している。それは、君が絶交の意思を持っているからでも、僕が二度と会うものかと、そう思っているからでもない。そんなことは君もわかっているだろう。同じだよ。君と同じく、ただただ「察している」。なんとなく抗うことが困難な、流れるままの出会いと別れの臆病さを知っている。
 君と親友になりたいと一度目の仲直りの時、僕は言った。君は気持ち悪いと返してきた。確かにそうだろう。二十以上も歳の離れた男女の間に友情など成立しない、そう思うだろう。利害関係。僕も得をし、君も得をするということ。少なくとも俯瞰視すればそういう認識が当たり前というものだよね。もちろん、恋愛感情はない。恋愛心が芽生えたらと、そういうおっさんの下心は時にあったかもしれないが、本義ではなかっただろう。二義的な気持ち。友情でもない、恋愛でもない、禁断の戯れでもなく、言うなれば、純粋。その言い方、間違えていないだろう。気持ち悪いぐらいに純粋だったよ。いずれにせよ、君が元気でいてくれればと、僕も、そう思っている、気がするよ。どちらがトーマスソーヤで、どっちがハックルベリーフィンか、わかんない。でもね、生きるために逃げ出したんだと、君がそういうのなら、僕がハックだよ。いや、君かもしれない。
 冒険者。最強の冒険者だけが描くことの出来る絵を君は今も描き続けているだろう。こっちは下手くそな歌を今も歌っています。冒険者なんで。

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