氷雨降る午後
冬は突然に厳しい表情でやってきた。いつもの散歩に出ようとして、私は慌てて、ジャケットを厚手のものに替えた。マフラーをぐるぐると二重に巻いた。この身を切るような冷たさ。
ふと心はカルチェ・ラタンの午後へと彷徨う。
遠いアルプスからの雪の香りを運んでくる風。耳を凍らす冷たい風の感触。カラカラと石畳に積むマロニエの葉を鳴らして走る乾いた風の音。
パリの初冬、氷雨が降りだすと、通りには色とりどりの傘が行きかうようになる。傘を嫌うパリジャンも、さすがに服に沁みとおる冷たい氷雨は我慢できないのだろう。
「大きな傘にマダムが一人」
ムフタール・マルシェへと、夕方の買い物に急ぐ私に、雨に濡れたコートの襟を立てて、恨めしそうに呟く青年。
突然の冷え込みに昨夜は雪を予測して眠った。十三夜の月が背後の闇にめぐらす幻のような冷たい光り。明け方、なにか心に兆す羽搏くものがあれば、それは雪の訪れに違いない。たとえ、その後に続く毎日の雪に、密かに音を上げることになろうとも、必ず、私はその純白の世界の出現に心を奪われる。野も、森も、見渡す限り。はるか天上からの使者たちを迎えて、静かな心躍りに包まれているのだ。
声なくて降りくるものを時雨とふはるけきものの音の記憶の
いくたりの詩人の遁走いくたりの絵描き狂ひきこの空の下
風の夜は鳥の胸蒼く凍らしめ夢に散り込むこゑごゑのある