バロック的な人生

 昨日も今日も絶え間なく雪が降り続いた。 昨日も今日も、私の心は曲がり、へこみ、かなり落ち込んでいる。
いうなれば、バロック的美の憂愁にとらえられている。
いったいどうしたのだろう?いつもの私なら、「曲がり」がどうした?へこみが何よ。と意にも介さないはずだのに。
今までだって、目の前のなだらかに続く道を歩かないで、ふらふらとはみ出して歩いて来た。直線よりは曲線。途中で消えてしまうかもしれない道でも、好きに迷い込んで行ったのではなかったか?
ただ、その道の曲がり具合が素敵で、いかにも、その先には新しい物語が待っているような気がするというだけで。
へこみ、落ち込んでいる私を無造作につつきながら、
「なるほど、かなりへこんでいるわね。」
私のなかの冷静な部分が、からかうような視線でながめている。
「へこんでいる心というのは、歯止めがきかないのよ。どこまでも底なしに沈んでいく。もう、再生不可能な感じだわ」
(まがり、へこみ、揃わない豊かな動きにあふれる表現こそが、私の好きなバロック・スタイルではなかったか?わたしのバロック的人生。)

「もうそろそろ、梅の花が咲く頃ね。」
(私のなかの陽気な部分がささやく。)
そうだ、梅の花が咲く。
今、この時にも、どこか、人知れぬ林のなかで、静かにつぼみが膨らんでいるだろう。周りの鳥すらも気づかないかすかな膨らみ。
やがて、小さな真珠の玉のように、不揃いに鈍く発光して、ほつほつと梅の花が咲く。
薄い鳥の瞼のようにかすかな瞬きをくりかえしながら、気高い香りに包まれて、梅の花が咲く。
この三日。降り続いた雪からの鬱の呪文が消えていく。

白梅の領する空 しろがねの鳥ようすき瞼をあぐ
東北院軒端の梅は三分咲き 夢ごころなる雪の降りくる
月日経て黒き瘤もつ由緒など梅二輪まなこ閉ぢたる

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