世の中が求めるもの
おはようございます。
自分で選んでいるようで、提示されていることはすでに世の中をリサーチし、考え込まれ、今ならばと出されたものである。
それを変えることはできないが、選んでいるようで自分が選ばされているということは忘れてはいけない。
現在32歳の私も、まだまだ幼さが残ると思いながら聞きました。
ただ、色んな経験をすることは必然でありそれを提供されない世の中を過ごしているから、自然と人間が出来上がってしまう。
こんな境遇ならば、私もそう考えていた
なんて漫画のようなことでも、結局はそれを受け入れる人次第であるのも、まだ事実。
環境なの?自分次第なの?という問答はありますが、どちらもなのです。
茨木のり子さん
『倚りかからず』
もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
私の今後の目標は 気品と無欲(無私)を身につけること
不都合と思わせられているのではという感覚と自分に照らし合わせたときの違和感を大事にする
ではでは。