4 『多胞体による地球的大災害』




「全ての面が三角形であり、全ての胞が四面体である五胞体、通称ペンタトープと呼ばれるこの胞体は、頂点、辺、面が最も少ない四次元多胞体の一種であり、最も建造が容易い胞体とも言えます。またその三次元的な外観は、一見、正四面体ピラミッドのように見えることがある、と言えば、わかりやすいでしょうか……」

(ピラミッドと言えば……、エジプトが有名だが……)

ふと、そんなことが僕の頭によぎった。

「先のオリハルコンの暴走から数万年ほど経った頃、このペンタトープの建造に取り掛かった、ある密林地帯に発生した古代文明がありました。当時、人口百万にも満たなかったこの文明でしたが、物理科学こそ劣っていたものの、その意識科学は非常に高度なものでした」

(意識科学?さっき言ってた……?)

「意識科学って……?」

 と、呟いた僕の、その疑問に返すように、彼は説明を続けた。

「意識科学とは、人類の本質的な可能性を探究する学問とでも言いましょうか……。この文明の人々は、当然のように第六感を超える超感覚を備えていました。常に脅威にさらされる密林に発生した文明ゆえ、直感以上の感覚がなければ存続自体が困難であることから、彼らにとって意識科学の発達は必然と言えるかも知れません……。例えば、彼らの精神感応能力、通称テレパシーは近現代の電話のように遠方まで届き、前述の話で引用した意識を複数人にて共有するシェアードマインドもこの精神感応の一部となります。また、物質に触れることにより、その記録を脳内に反映するサイコメトリーと俗称される意識同期は、過去の風土や歴史の認知に大いに役立ち、また二桁を越える感覚にまで目覚めた一握りの人々は、サイコメトリーにて反映された過去の人間との意思の疎通すら可能でした。

さらに彼らの神秘主義からなる占星術は、近現代の天文学以上に進化を遂げ、この惑星が球体であることも彼らにとっては既知であり、また星の位置を利用した正確な地図製作法を持っていました。付け加えて、後述するこの文明特有の、特殊な方法による石工術も非常に見事なものでした。

前述した三種類の事柄に限り、アトランティスよりも高度な技術を持っていた言えますが、彼らの抽象科学の程度では、このペンタトープの建造が何を意味し、また彼ら自身、何をしているのか真の理解のないまま、それは始まりました。

そのきっかけは、非常にオカルティックなもので、彼らが『空虚の地』と呼ぶ、未開の地に旅立った探検隊が、鮮やかな色彩を放つ奇妙な形の石を持ち帰ったことから始まります。その探検隊の目的地であった空虚の地は、彼らのサイコメトリーすら及ばない、ある過去の一期間がすっぽりと抜け落ちている地帯であり、わずかな口伝にて、パンドラの箱を開いたために滅亡した文明があったとされる跡地でした。

過去に人の手による加工が明らかなその石は、ひどく、くすんでいて、高さ一メートルほど、一辺一メートルほどの底辺をもつ三角錐で、 鈍く緑色に発光していました。ヒスイに属する鉱物と思われるその物質に対しても、サイコメトリーはうまく働かなかったのですが、時の神官たちは、空虚の場所への好奇心から、そのくすみを除去後、再びサイコメトリーを試みるために、それを街の泉で洗い、そのまましばらくその冷泉に浸け置くことになりました。その数日後から、街に住む住人に奇妙な現象が起こり始めます。街に住む多数の人間が、同じ夢を見るのです。その内容は、どこか広大な湖の上で、発光する巨大な正四面体ピラミッドがゆっくりと回転している、という謎の夢でした。意識科学上に発展したこの文明において、夢の原理、夢理論は既に完全と言って良いほどに確立していたのですが、依然としてこの連日に渡って継続する奇妙な夢の正体を掴むことはできず、夢に現れるそのピラミッドの超自然的で神秘的な映像に、人民の間には期待よりも不安の声が高まっていきました。

そんなある夜、街の泉が緑色に輝いているという報告が届きました。すっかりくすみが除去され、発光する石に、再度、試行されたサイコメトリーによって知ったことは、この鉱物は、彼らが神の時代と呼ぶ、はるか遠い過去に栄えた古代文明の記録媒体であり、それは皆が連日に渡って夢に見た正四面体ピラミッドの建造様式だったのです。しかし、そこに示されていた内容は、あくまでも詮術以上のものではなく、その古代文明がどのようなものであり、また、それが何のための建造物であるのかについてまでは、知ることは叶いませんでした。

空虚の地における物質の中で、この鉱石にのみ、例外的にサイコメトリーが成功した理由は、謎の文明にて、もともとこの鉱石がペンタトープ建造様式に際しての記録媒体として精製されたものであるからであり、汚れが除去されたそれは、もともとサイコメトリーに慣れていた熟練の術者ならば、通常の鉱物よりも遥かにアクセスが容易な媒体であったこと、そして、意識科学の熟練者にとっては、反映された過去の意識と自意識との統一は当然であり、異言語間においての意志疎通も容易いものであったからでした。また、人々に反映されたこの同一夢現象は、この記録媒体の鉱物の浸る泉の水が、街中に張り巡らされていた溝を通り排水されていたことにより、その媒体の内容が、サイコメトリーに慣れていた人々の意識におぼろ気に反映され、その後、シェアードマインドにより、皆に共有されたものであると推測されます。

彼らの意識科学において、全てのことは必然にて起こるという概念があり、この古代文明を記録した鉱石が彼らの文明に現れたこと、この建造様式を伝える神の声に従い、その正四面体ピラミッドの建造に取り掛かるということもまた、彼らにとって必然でした」

(いや、これはエジプトの話じゃない……。この文明は密林にあったと言っている。エジプトは砂漠だ……)

「さて、その建造方法ですが……、この文明の近隣の、活火山にのみ存在する青い結晶を砕き、その粉末を点在する石の上に巻き、さらにその後、水をかけると石が溶解し、砂へと変化を遂げること、また、周囲に生息する巨大な葉を持つ古代ヒユ科の植物を燃やし、その灰を砂に混ぜて水分を浸透させたのちに乾燥させると、再び凝固し石になるということは、彼らの文明において昔から既知の事実として広く、常識として認知されていました。この青い結晶体は、硫酸の結晶とも思われますが、それは通常、自然界には存在し難いものであることを考慮し、ある特殊な条件下でのみ結晶化する何らかの硫酸系の物質、特に石の結合率を下げる効果がある物質であり、また、後者の灰に関しては、ヒユ科の植物はマグネシウムを多く含み、それを燃焼させて水を加えるということから、酸化マグネシウムのような何らかの物質を利用して、水和反応を起こし、その結果、石の結合率を上げる作用のある物質であったのだと推測されます。この手順の遂行において、密林に発生した彼らの文明にとって、水の取得には問題はありませんでしたが、大量の砂の取得は困難でした。

結局、彼らは街の近隣の採石場にて石を切り出すことにしましたが、その切り出された巨石の運搬は非常に困難な作業であり、その巨石に、この青い結晶の粉末を利用することで、一度、それを砂に変えてから運ぶという措置を取り、建造予定地を巨大な湖の上として、まず湖畔に、自身の文明において神と称す巨大な人頭獣身の像を、守り神として建造しました。

そして、連日の夢の説明に従い、ピラミッドの土台作りに入りますが、それに際しては、 湖の上に先の砂を利用し、まず広く分厚い石橋を通した後、その一部を溶解し、橋ごと湖に落とすという作業を繰り返すことで、ある程度、湖の中心地を埋め立てた後、最終的に、湖の中央以外の全てを溶解して土台だけを残すという工程を経て、簡単な仕上げを施しました。その後、予め量産しておいた巨大な木枠を土台上に置き、その内側に前述の灰を混ぜた砂を入れ、水を浸透、乾燥させた後、その木枠を抜くことにより、長方形の巨石が作られ、同様の手順にて、巨石間の抜かれた木枠の隙間を埋めました。

このように、一個ずつ積み重ねるというよりも、一段ずつ、巨石を精製するといったニュアンスで建造されたピラミッドは、それを構成する巨石同士の間隔が非常に狭いもので、出来映えは素晴らしいものでした。

一聞では、これは多大な労力を要する作業に聞こえるかも知れませんが、基本的に木枠の中に砂を入れて固めるという単純な作業であり、具体的には、五リットルほどの体積の簡素な器に、石切場で砂を入れて湖まで運ぶという簡単な日課として、人民に特に強制すらされませんでしたが、皆がシェアードマインドによって目にした、神の国のピラミッド建造に対し肯定的であり、都市のほぼ全住民が献身的に行った仕事量は、たったの一年弱という短期間での竣工を可能にしました。建造に際して精製された巨石は、実に百五十八万個以上にのぼり、完成した一辺約百四十メートル、高さ約九十メートルの……四面体ピラミッドは、まるで人民を見下ろすように、静かな密林の湖上で悠々と鎮座しているようでした」

(そういえば、何かの本で読んだことがある。どこかのピラミッドは、巨石と巨石の間に紙一枚入らないほどに精巧なものだったと……。それは、積み上げていたのではなく、巨石自体をその場で造っていたからだったのか……)

「それはあくまでも正四面体ピラミッドであり、ペンタトープではありえませんでした。多胞体の物理的建造は、通常三次元においては、ほぼ不可能です。ですが、もともと、天体の高度を測定できるほどに天文学に長けていた彼らは、空に輝く星ぼしの正確な位置すらも計算に入れ、また石の結合率の操作が可能であったこともあり、媒体に残されていた記録以上に、このピラミッドをペンタトープに似通ったものとして完成させました。しかし、この建造に関して、彼らが紐解いた記録は、建造様式のみであり、そこに反映された神秘的な映像は、彼らにそこに他の情報が含まれている可能性を見落させてしまっていました。彼らは最後まで知らなかったのです……、なぜこのペンタトープの立地に湖上が選ばれ、そして、この建造が何を意味するのかを……。

ある晴れた無風の日、このピラミッドの浮かぶ湖面に映し出されたその鏡像は、鏡のようにはっきりと湖上の三角錐を映し出し、上下二つの図形が組み合わされて完成した図形は、あたかも大地の空に浮かぶ、一つの頂点を軸にして直立する立方体のようで、太陽の位置がちょうどその真上に位置する時には、ペンタトープよりもさらに多くの面、辺、頂点を持つ多胞体、構成胞は正四面体、構成面は正三角形、一聞では五胞体と同一であるように聞こえますが、その面は三十二面、辺二十四、頂点を八つ持つ、十六胞体となって映し出されたのです。それは、まるで大地に穴が開き、空に落ちていくような錯覚を覚えるような不思議な光景でした。

完全なペンタトープを三次元に実現させた場合、それは大きさに比例して宇宙のエネルギーを吸収し、その四次元的な密度を誇る胞体内に蓄積保存することができます。広大な宇宙に漂う膨大なエネルギーは、星を移動させることも、惑星の消滅すら可能です。過去に、ペンタトープを完成させた三次元、太陽系外宇宙の知的生命体は、彼らの天体の恒星が寿命による最後の爆発を迎えようとしていたとき、このペンタトープのエネルギーを発動し、彼らの住む惑星ごと移動させ、 他の条件の整った天体に逃れることに成功しました。それほどの凄まじいエネルギーを集束するペンタトープ、簡単に言えば、それらを重ね合わせた不完全な十六胞体もどきを彼らは造り上げたのです……、自身の知識ではなく、借り物の記録に促され、真の理解もないままに……。

それが、借り物の知識であるがゆえに、夢で見たペンタトープが光輝いていた理由を光の反射であると思い込み、その表面を磨きあげ、例の記録媒体の石をその頂上に設置することを最後として、彼らはこの四面体ピラミッドの完成としました。

結果、このピラミッドは光り輝き、その頂上は太陽光の反射によって、直視できないほどでした。まさにそれは神秘的と言えるかも知れませんが、その楽観的な概念は、後に恐ろしいものを招いてしまう結果となります。彼らの造り上げたこの建造物は、湖上の正四面体ピラミッドと湖面の鏡像を合わせることで、半抽象的な十六胞体を形成すると言えますが、湖面の鏡像は、湖上のピラミッドと同一ではないのです。

鏡の上に手を置くことを想像して下さい。あなたは左手を置いていますが、鏡の中のあなたは右手を置いているでしょう?これは鏡像異性体と言って、簡単に言うと、鏡像は実像と同一的なものではないという意味の言葉です。では、正四面体という図形ならば、右手や左手もなく、対称であると思うかも知れませんが、それでも、それを構成する分子の構造、またその運動方向において対称性が異なっているのです。この『対称性の破れ』こそが、三次元物質宇宙が創造された理由に他ならないのですが、あなた方がその理論を証明するのはもう少し先のことになるでしょう……、未来があれば……の話ですが……。

話を戻します。結論的にこの半抽象的十六胞体は、もともとが完全なものではなく、またその半分が鏡像であったという根本的な要因も手伝い、正常に機能するものではありませんでした。それでもこの不完全十六胞体は、胞体原理に従って膨大な宇宙エネルギーの集束を始め、その輝きは、磨かれ光るその頂点で反射し、周囲を外宇宙の色に染め上げました。その時、エネルギーが集束されたその頂点は、偶発的に記録媒体として、より強力な作用を発揮し、半ば強制的に周囲の人々の脳裏に、ある古代の記録を映し出しました。

それはサイコメトリーにて読みきれなかった記憶、そして、それに慣れていた人々にだからこそ、 媒体としてではなく、その鉱石に焼き付いていた古代の残留思念までその意識に反映しました。あの夜、皆が夢に見たこのペンタトープの映像は、実際は湖の鏡像を利用した十六胞体の仮想シミュレーション模倣図であり、実際の建造は技術的に、また、建造後の予測事象が不明瞭であることから、建造に際してより深い研究と細心の注意を払う必要があること、それゆえに、これはあくまでも建造予定のみの未実行案件であったということ、そして、その実行保留期間中に、赤く小さな……、オリハルコンと名付けられたパンドラの箱を開けてしまった為に、その文明は消滅し、猛烈な暴風の中、展開する超巨大八胞体の後方に飛ばされ、土と岩に埋まるように空間保存から逃れたこの記録媒体のことなどが人々の脳裏に浮かびました。初めてそれらのことを認識し、彼らの頭に驚きと後悔の感情が浮かんだ刹那、彼らは一瞬にして人型の塩の柱となり、数秒後には崩れ落ちました。

これは、エネルギーを溜め込むはずの十六胞体の内部に、不完全であるがゆえの何らかの異常が発生し、宇宙から集めるはずのエネルギーの他に、ある種のエネルギー……、具体的には石英、あとはナトリウムと塩素以外の物質を、周囲から吸収したことによる結果であると推測されます。

この三種類の物質が取り込まれなかったことに意味はないでしょう。しかしこのことにより、周囲のほぼ全ての環境構成物質、及び生命体も完全に塩と成り変わり……、かつて木々が繁茂した熱帯雨林も一瞬で砂漠化、あとは広範囲に渡り一面を覆う真っ白な塩以外には何も残りませんでした。

その後、長い年月をかけ、地表にその塩分が吸収されましたが、その後もその土地は塩害により、作物などが育たない不毛の地と成り果てました。石英の砂にて構成された砂漠に含まれる過剰な塩分、それはかつて多くの生命がそこで生息していたという悲しい過去の証拠でもあります。余談ですが、その後、また数十万年以上経っても、塩害による不毛の地は回復せず、いつしかその砂漠には大河が流れ、残留思念によって守られ続けた人頭獣身の像を目印に、そこにまたある文明が発生しました。その文明もまた、そこに残る微かな残留思念に誘われ、四面体ピラミッドを建造しましたが、前述した文明と比べ、その科学程度は極めて低く、一度の例外を除いて、それはただの巨大な石の物体以上のものではありませんでした」

 (砂漠の大河付近のピラミッド!これはやっぱり……。一度の例外を除いて……?)

「例外って……何ですか?」

 彼は、口振りからして明らかにこの余談を終わろうとしていたが、詳細を聞こうと食い下がった僕に

「わかりました。この余談後に十六胞体の話に戻りますので、そちらのことも忘れないで下さいよ」

 と、念を押し、続きを話してくれた。

「大したことではありません。過去に一度、この砂漠に作られたピラミッドも、非常に微弱ですが、胞体的な動きを見せたことがありました。この文明付近を流れる大河は、年に一度、大氾濫を起こすことを前提に聞いてください。それは陽炎が揺らめくほどに、ある暑い日のことでした。砂漠の日中はかなりの高温になります。また、その日は年に一度の川の氾濫の当日でした。現地の人々は既に慣れていて、避難は完了していたのですが、その氾濫は例年のそれよりも大規模であり、建造されたピラミッド付近にまで水が押し寄せたのです。太陽により、熱せられた砂漠の砂上に急激な大量の水、この突然の温度変化によって光の屈折現象が起こり、その結果、現れたものは……、このピラミッドの蜃気楼でした。

この非常に珍しい蜃気楼は、ピラミッドの上方の空に、その虚像ピラミッドの頂点を底面として、逆さまの形で、はっきりと現れました。下方のピラミッドと上方の逆ピラミッドの虚像……、例えるなら、砂時計のような形になったと言えばわかりやすいでしょうか。これはペンタトープの多角的視野においての図形の一つに酷似しています。ですが、過去に作られたそれよりも、造形的にも荒さが目立ち、正確性にも欠けていたので、周囲には非常に微細な影響しかありませんでした。

具体的には、通常、ペンタトープは、ピラミッドでいう頂上に位置する最も面積の狭い一頂点からのみ、エネルギーを集束するのですが、逆さピラミッドの出現により、それを召集する点が、最大面積である底面となってしまい、結果として、小範囲に渡って上空からの太陽光を奪うこととなり、周囲の街は小期間、昼夜問わず闇に覆われ、雹が降ることもありました。その後、放出されたエネルギーは、周囲の生物に対して微細な影響を及ぼし、主に昆虫などの小動物が大量発生したり、また微生物の急激な増加のために、一時、大河が鈍赤色に染色されたりしましたが、もともとの構成の荒い正四面体ピラミッドであったこともあり、それは長期間に及ぶことはなく、先のような大災害につながることもありませんでした。これが、後に歴史に残るエジプト、『十の災い』の真相となります」

(これは……やはり、エジプトの話なのか……)

唖然としている僕にかまうことなく、彼は先を続けた。

「前文明の話に戻ります。全てが塩と化した後も、しばらくこの不完全十六胞体は作動し続けました。機能不全の為に蓄積不可となった、行き場の無い膨大な宇宙エネルギーは、十六胞体を通し、抽象的に惑星を突き抜け、一時的にこの惑星の新しい地軸として更新されました。その結果、この十六胞体を極軸として、惑星が約九十度回転したのです。その回転に要した時間はたった百六十分ほど……。その突然の、強制自転の遠心力による大津波、またそれにより誘発された極大地震により、この災害の元凶とも言える四面体ピラミッドは崩落し、とりあえずの脅威は去ったかに思われましたが、本当の災厄はこれからでした。惑星の赤道直下近辺に建造された、この十六胞体を軸として約九十度、地球が回転したということは、それまで赤道直下に位置していた地点が両極点に移動し、また、それまで極点に位置していたものが、赤道直下近辺に移動したと言い換えれます。そして、この十六胞体という軸の消滅後、地球の地軸は、過去、赤道付近であった海と大陸が新たな極点として更新されたのです。それはすなわち、常に氷点下に保たれ、氷に覆われていた永久凍土が、突然、高温多湿である赤道付近に移動したということになります。この意味がわかりますか?」

(常に高温の赤道に、北極と南極が来たみたいなものか……?つまり……その氷は……)

 僕の頭に浮かんだ解答に被せるように

「そう……溶けるのです!」

 と、彼は言いはなった。

「これこそ、過去の様々な記録に残る地球規模の大災害の要因、ポールシフトと呼ばれる地軸更新です。元来、水というものは極点に集まる性質があります。赤道直下の高温により、溶け落ちた永久凍土を構成していた膨大な水は、かつてないほどに海水面を上昇させ、またその習性に従い、赤道を境にして北と南、更新された新極点に、地表の全てを飲み込みながら移動を開始します。これが『ノアの箱舟』をはじめとして、世界各地におぼろげに残る洪水伝説の真相です。これは記録に残る大災害としては、最悪のものである内の一つですが、実はこのとき、同時に、抽象的、そして意識科学的な史上最悪の事態が発生しています」

(史上最悪の事態……?)

「通常、X・Y・Z軸の変数座標で表される三次元空間ですが、これに楕円球形と視認されるW軸という時間軸を加えたもの、これを四次元時空間と呼びます。これは四次元を超え、無限に広がるそれ以上の次元への、いわゆる『門』と表現できるものになる可能性があります。さらに、その四次元時空間に、次元を表す次元軸を加えることによって指定される座標は、その指定と同時に、他空間にも複数の座標が指定され、それが空間と空間を繋ぐ足掛かりとなります。

これは多次元宇宙論となり、今回の講義とは異なる理論ですが、直接的に関連性があり、パラレルワールドと呼ばれる多次元近似世界に関するものになります。ですが、高度な意識科学による彼らの強靭な意識は、そこに新たな軸として、因果軸をも発現させてしまいました。他空間に指定され、発現する多数の他座標は、通常なら何千光年も離れた他の宇宙や、他の次元に指定されるもので、それにも分析難解な根本的因果はあるのですが、そこに規則性はありませんでした。しかし、彼らの強い意識は、それらの座標を限定された因果軸上に、そして、それを驚異的近接宇宙に置く要因となり、それはまた……、次元を超えて、意識を持つもの同士をつなぐ要因となってしまいました」

(意識を持つもの同士?)

「惑星……、特に太陽系第三惑星地球という星の要素は、その大部分が、海洋と地底、そして大気であり、海面や地表の割合は非常にわずかなものです。しかし、磨き抜かれたピラミッドの表面を反射した光の道筋こそ、多次元間を繋ぐ座標の取られる空間的役割を果たし、直進する光の性質上、それは地底と海底を除く、空と地表へと限定されました。これは先述した通り、四次元を超え、無限に広がるそれ以上の次元への可能性ともいえる門になります」

(いや、わからない。彼は一体何を言いたいんだ?)

 僕は彼に、この話の中で最も気になっていたことを口にした。

「教授……、よくわからないんですが……、とりあえず『意識を持つもの同士をつなぐ』って、どういう意味ですか?」

「そう……、それこそが……史上最悪の大惨事、これに比べればテッセラクトやペンタトープの暴走など子供のままごとのようなものです。この光線内に取られた座標は……あなた方と同じように、その身に意識を保つもの……、人知から遠く離れた多種多様に渡る多次元生命体を三次元宇宙の惑星、地球へと導く道しるべになったのです」

(多次元生命体!?)

「それって……宇宙人みたいな……?」

 驚きのあまり頭がショートした僕は、つい先走って中途半端な疑問を口に出してしまった。


5『地球上に残存する多次元生命体の痕跡』|六幻 (note.com)

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