「扇風機」
お昼過ぎの陽光は少し冷たくなってきた秋風をほどよく暖めながら街中を縫うように流れていた
ランチ時には隣の人と話す声さえ聞き耳をたてないと聞こえないほど賑わっていたカフェも、少し時間をずらしたおかげかテラス席で目の前に座る芳恵の声もよく聞こえるくらいに空いている
「あんた憑き物でも落ちたような顔してるわね、なにかいいことでもあったの?」
アイスココアのストローから唇を外しながら真理子は聞いた
「ちょっとね、モヤッとしてたことが晴れたの」
「何よ?そのモヤってことは」と真理子は芳恵の言葉に何か面白そうな匂いを嗅ぎ取り興味深げに聞き返した
「どんなモヤに覆われていたってわけ?教えなさいよ」と続けて聞き返すと
「この間さ、もう秋なのにけっこう暑い日があったじゃない?」と芳恵は仕方なさそうに話し始めると「あの日、わたしちょうど仕事が休みだったから健介の家に遊びに行ったの」と続けた
健介とは去年の夏前、リモートワークのやり方がわからなかった芳恵に、PCのセッティングからやり方まで何度か芳恵の家まで出向いて教えるうち付き合うようになった同僚だ
「トキオくんとはまだうまくいってるの?」「まぁなんとかね」
いつも四年周期で付き合う彼が変わる芳恵は真理子から半ば呆れられ、付き合ってきた彼の名前をその年のオリンピック開催地の名前で呼ばれてる。現在の彼健介も「トキオくん」と呼ばれる始末だ
「それで?うまくいってるんならいいことじゃん、なにか問題でもあったの?」真理子が促すと
「あの日健介の家に行ったらさ、健介が扇風機を使ってたの」
「暑かったからね、あの日は。それがどうかしたの?」真理子が先を急かすように聞き返すと「それがさ」と芳恵が顔を近づけてきたのでいよいよ核心が聞けるかと期待し自らも顔を寄せる真理子に芳恵は少し低いトーンで
「扇風機の首がまわってたの」と言った
芳恵の真意が読み取れなくてしばらく固まっていた真理子はようやく身体を背もたれに戻しながら
「だから何なのよ?!扇風機の首なんてどこでだってまわってるでしょ!」となかば切れキレ気味でいい放つと目の前のアイスココアをストローも使わずにあおった
すると芳恵はさっきの体制のまま「わからないの?!健介は一人暮らしなのよ!それで扇風機の首がまわってるなんて絶対変じゃない!他に人がいたってことじゃない」と真理子の視線を捉えたまま放さず一気に言い返すと「女がいると思ったのょ」最後にそう付け加え芳恵も背もたれに身体を預けた
(どんだけ猜疑心なのよ)と思いつつも真理子はこちらから聞いた手前、結末まで聞く責任を少なからず感じ「で、実際どうだったのよ?」とやっぱりどうでもいいことのように投げやりに聞いた
「その日は頭に血がのぼってたから話しにならなくて部屋を飛び出してきたわ」
「それでここ数日眉間にシワ寄せて過ごしてたわけ?あんた!」真理子はかなり呆れた様子でここ数日間の芳恵の様子を思い出していた
「まぁね..」
かれこれ20年近く芳恵の恋愛話しに付き合ってきた真理子は、芳恵がこれまでに付き合ってきた「リオくん」や「ロンド」、「ぺきんちゃん」の顔を思い出しながら芳恵には悪いと思いつつも「そんなとこまでツッコまれちゃそりゃ5年、6年も持たんわな」と声には出さず芳恵の視線を逸らすように晴天の空を仰ぎ見た
カフェテラスの庭先にはいくつものプランターに植えられたガーベラの花が秋風にそよいでいた