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瞳で語らうふたり
「この子、誰ですか?
めちゃくちゃファンです、とお伝えください」
Instagramにアップした友達との写真に、先輩からそんなメッセージが届いたのは、新社会人になって間もない10月のことだった。友達とは高校時代からの付き合いで、一緒に上京し、お互いにそのまま東京で社会人になった。あの日、うっとりするほど綺麗な黄昏時の逗子の海で、夕日を見ながら2人で他愛もない会話をしたのを、今でもよく覚えている。夕日を見つめる彼女の横顔がとても綺麗だったから、私はお気に入りのフィルムカメラのファインダーを夢中で覗き、何度もシャッターを切った。穏やかな秋の日だった。
「ファンです」というコメントが送られてきた先輩とは大学のサークル仲間で、ちゃんと話したことがあるのはほんの数回程度だった。いつも笑顔で優しそうで、人懐っこそうだけどちょっとシャイな人。それくらいのうっすらとした印象しかなかった。真面目で誠実そうなその先輩から、こんなメッセージが送られてきたことをちょっと意外に思った。でも、そんな経験は今までの人生の中で一度もなかったし、どうすればいいのかわからなくて「伝えておきます」と返した後はそれっきりだった。
しばらく経ち、そんなことも忘れかけていた冬の初めのある日、スマホに一件の通知が届いていた。その日も私は例の友達とふたりで遊んでいて、あの日と同じように彼女とのツーショットをストーリーズにあげていた。その写真に、あの日と同じように、先輩からの「やっぱりファンです」というメッセージが届いていたのだ。
勘の鈍い私もさすがに、これはもしかして一目惚れってやつなのか…?と勘づいた。でも、私から見たそのときの彼女は自分の人生をゆったりと穏やかに生きているように見えたし、あまり恋愛とか、そういう波風の立つ強い体験や感情を欲していないように見えた。もし、もしもふたりを会わせたら…と何度想像してみても、そこには圧倒的な温度差があった。とはいえ、まずはとりあえず本人に話してみよう、先のことはまた後で考えればいい。そう思って、先輩から届いたメッセージのことを彼女に話した。
あまりよく覚えていないけれど、そこからはもう私のごり押しだったような気がする。ひとたび彼女に打ち明けてしまったら、私はなんだかとても楽しくなってしまって、このふたりを会わせたらどうなるんだろうという好奇心に駆られた。今思えば、コロナ禍で閉ざされた日々を送っていたこともあり、私は新しい人と人との繋がりや、予想もつかないわくわくを欲していたのだろう。(それを人に押し付けるなんて、なんて悪趣味!)当時付き合っていた恋人に相談すると、「そんなシャイ同士のふたりを初対面で会わせて、君はその場を楽しい雰囲気にできるように回せるの?大丈夫?」と怪訝な顔をされた。そう、彼の言う通り私もシャイだし、飲み会の場を回すなんて器用なことができるタイプの人間ではないのだ。
結局、気を利かせた恋人が場を設けてくれて、渋谷の賑わう居酒屋で私たち4人は会うことになった。冬も終わりもうすぐ桜が咲く、春先のことだった。
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。先輩は、光沢のある真っ赤なシャツを着て、店の前に現れた。側から見ても、気合いが入っていることがダダ漏れているような面持ちをしていた。対して彼女の方は少し遅れてやってきて、両手にいっぱいの紙袋を抱えていた。ショッピングのついでにこの会に寄った、という感じだった。予想はしていたけれどやっぱり、ものすごい温度差。
4人で顔を合わせてからの数時間、恋人が必死に2人の共通点を見出そうと話題を振ってくれて、わたしは楽しく相槌を打つことに終始した。先輩は、見たことないくらいキラッキラの目力で、ひと時も休むことなくまっすぐに彼女を見つめていて、彼女の方はどうしていいのかわからず困っていたように思う。最後にふたりは連絡先を交換し、それぞれの家に帰った。
ふたりが恋人同士になったことを知ったのは、それからそう遠くない、5月のことだった。4人で会った渋谷の帰り道、恋人と「あの2人、合うかなぁ…どうだろうね…」と不完全燃焼の空気が漂う中、各々頭の中で想像を巡らせていたのが嘘のように、ふたりはあっという間に仲睦まじいカップルになっていた。それからというもの、私たちはたまに4人で遊びに行くようになった。グランピングに行ったり、スノボに行ったり、ホームパーティをしたり。恋人と2人ではできないことも4人でいれば楽しくて、あの時間はなんだか青春だったなぁと今振り返って思う。ちょっぴりひねくれ者で「俺は別に」と素直じゃない恋人も、「4人で遊びに行くのが楽しかった」とあるときふと、こぼしていた。
世の中には色々な形の恋人たちがいるけれど、ふたりはとびきりお茶目だった。いつも見つめ合って、目と目で会話をしていた。言葉がなくても通じ合えるって、なんだかいいよね、あったかい。私と恋人はいつもくだらないおしゃべりに花を咲かせていて、目と目で見つめ合うことなんてあったかなぁ…という感じで。私はいつもしっとり見つめ合っているふたりに、ちょっと憧れたくらいだ。私にはない、ちょっと特別なものに見えた。
時は経ち、それから数年が経った社会人4年目のこと。私と恋人は残念ながらお別れすることになり、それから程なくして、先輩と彼女は結婚した。
年末も近づいてきた師走の終わり頃、ふたりの新居にお邪魔した日のこと。その日、先輩と彼女と私の3人でコストコまでドライブして、遅めのクリスマスパーティをすることになっていた。失恋して傷心中の私を励まそうと、彼女が温かく家に招き入れてくれたのだった。コストコの大きなカートを押しながら、彼女はさらりと「結婚するんだけどさ」と言う。まるで息を吸って吐くように、穏やかな口調で自然に発されたその言葉を私は掴み損ねて、「うん、」と生返事をした。うっかり聞き流しそうになったことに3秒遅れでハッと気付き、「…ええ⁈結婚するの⁈」と驚きの声を上げたことを覚えている。とても嬉しかった。私たちカップルにはできなかった"一生添い遂げる"という選択を選んだふたり。それはとても強くて美しくて、素敵なことだと思った。
ふたりの新居でコストコの戦利品を広げて、プロポーズの日のことや、引越しの話を聞いた。吹き抜けの開放的なリビングのカウンターには、赤い薔薇の花束。情熱的で幸せな香りが、まだ新築の匂いがするその部屋をそっと包んでいた。
先輩が思い出したように、慌てて近所のコンビニまでゼクシィを買いに行って、私はその場でふたりの婚姻届にサインをした。私みたいなのが証人でいいのかしらと、ちょっぴり申し訳なく思いながら、いつもより清く正しい字で、その花柄の紙の上に名前を綴った。あれは間違いなく、私の人生の中でも思い出深い、愛を感じた一日だった。
そんなふたりが今日、結婚式を挙げた。
ふたりらしい、穏やかであたたかい式だった。こんな日が来るなんて、4年前の私は想像もしていなかったよ。あの日の先輩の情熱と、私のいたずら心、元恋人のやさしさ、そして何より彼女の飛び込んでみようという一握りの勇気がなかったら、今日この良き日は幻に終わったかもしれない。運命なんて信じないと思っていたけれど、これはちょっと神様、よく出来すぎていませんか?と、キューピッドの私は思うのでした。
結婚なんて、どんなものか私にはまだよくわからないけれど。病めるときも、健やかなるときも、ふたりならきっとどんな山も谷も乗り越えていけると、そう信じています。おめでとう、だいすきなふたり。これからもずっと、陰ながらふたりのことを見守っています。
おじいちゃんとおばあちゃんになっても目と目でほほえみ合うふたりを見て、私は何度でも、よかったな、幸せだな、と思うのだろう。
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-瞳で語らうふたり