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【旅日記】「くんち」が近づく長崎で中華スポットをめぐる
<長崎ひとり旅#3>
今年の4月に行った台湾で、中華世界のお寺というものに惚れた。朱塗りの建築、色とりどりの神々とその多様性、信仰を寄せられるほどに煌びやかに増えていく装飾、あたたかで色彩に溢れた灯り…
特に気に入ったのは、航海安全の女神、「媽祖」への信仰だ。媽祖は元は福建省に実在した人間の娘である。大陸から台湾を目指し海を渡った人々に厚く信仰され、台湾では最も人気のある神だ。
わたしは勝手に、媽祖には中国か台湾でしか出会えないと思っていたのだが、今回なんと長崎でも思いがけず出会うことができた。長崎に福建省出身者が在留し、寺を建てたという歴史があったのだ。
崇福寺
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長崎旅一日目にまず向かったのは、崇福寺だ。入口から既に海外にいるみたいでテンションが上がる。
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国宝の門をくぐると、わたし以外に誰もいない静かな空間。真っ赤なお堂が向かい合わせに建っている。入って手前は護法堂。中に入ると、台湾のお寺でも出会ったような中華世界の神々が出迎えてくれた。
右から関聖帝君(関羽)、観音菩薩、韋駄天菩薩。凄まじい異国情緒である。それらの像は長い年月で風化したものもあり、その質感もまた凄みを感じる。韋駄天は合掌した腕と胴の間に剣を挟んでいる。つり目で穏やかな顔つき。
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本堂にもお参りする。暑くて頭がぼんやりとする。ここが日本だなんて信じられないな、と思う。本堂の奥に、さらに建物がある。「媽祖堂」とありびっくりした。ここで初めてわたしは、媽祖信仰が日本にも存在することを知る。海を越えて来た人の歴史の証が、こうして信仰の跡として残っていて、現在も大切にされていることが嬉しかった。
興福寺
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崇福寺から興福寺まで歩く。情緒のある寺町の中に現れたのは、これまた歴史の古そうな唐寺だったのだが…。
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興福寺は一年だけ、かの有名な隠元禅師が住職だったらしく、歓迎の垂れ幕が下がっていた。でも、現在も歓迎し続けている意味が分からない。禅師の魂は不滅でありまた来てくれると信じているのだろうか。
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大雄宝殿(本堂)と媽祖堂がある構成は崇福寺と変わらなかった。三連休だというのに盛大に草刈りをしているので何だか申し訳なくて早々に退散。ゆっくり見れなくて残念だが、この本堂、建築的にかなり珍しいもののようだった。
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氷を砕いたような文様。釘が使われていないのだという。すげえ。しかも説明書きによれば、裏側は本当はガラス張りになっていたらしい。原爆の爆風によって吹き飛ばされ、完全に修復はできないまま板張りの姿になった。
長崎孔子廟
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翌日は孔子廟へ向かう。着いたのはちょうど1時。入場料を払っていると、中から何やら愉快な音楽が聴こえてくる。小走りで中に入ると、何と変面ショーが行われているではないか!毎日やってるわけでもないし、10分しかないので、たまたま見れて本当に運が良かったと思う。
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音楽に合わせて、仮面がするすると入れ替わる。軽妙で楽しい。最後に素顔を見せてくれるのだが、若いお兄さんだったのでびっくりしてしまった。(調べたら同年代だった・・・どんな人生を送ったら進路が変面師になるのだろう。)
その流れのまま、なんと長崎くんちで奉納される「龍踊」の練習が始まったので大喜びで見させていただきました!前日、グラバー園の出口にあった長崎伝統芸能館で長崎くんちというお祭りの展示や映像をたくさん見て、憧れていたのだ。(10/7から3日間行われるお祭りだ。)
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きっと昨日参拝した何かしらの神様のご利益だとしか思えない。思いがけず「くんち体験」ができて、めちゃくちゃ楽しかった。子供たちが隊列を組み、小太鼓やシンバルを叩きながら歩く。ラッパが龍の鳴き声のように鳴っている。太鼓の音が胸にどんどんと響く。そして龍が2匹、はげしくうねりながら宙を舞う。本当に龍が生きてるみたいでドキドキしてくる。ちょっと怖くすらなってくる。動かしている人の中には年配に見える方もいる。本番まであと少し、怪我なくやり遂げて欲しい!
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練習が終わったので、大成殿で孔子に参拝する。頭が良くなりたいなあ!
それにしても孔子廟まであるなんて、ますます長崎のことが好きになった。崇福寺では誰も人がいなかったが、ここは変面ショーやお祭りの練習もあって賑わっており、「市民の憩いの場」感を感じることができた。
大成殿の奥から中国歴代博物館に入る。入ると2階部分で、「篆刻(てんこく)」という馴染みの無さすぎる芸術分野の展示が延々と続く。最初に読みにくい長文の説明があった他は一切の説明が無いので勿体無い。
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その上の階はやっと普通に孔子の説明のコーナーになる。龍踊の説明もあった。五穀豊穣祈願の舞で、唐人屋敷で舞われていたものを日本人の町人が習い、くんちに奉納したのだという。
唐人屋敷、というものが長崎にあったのか!とここで知り、俄然行ってみたくなった。よし、行こう!
唐人屋敷跡
Googleマップに目的地を設定すると、孔子廟から唐人屋敷通りまでは15分歩くしか方法がない。仕方が無いので歩くことにする。オランダ坂と呼ばれるあたりを超えると、有り得ないほどの階段ばかりの細道を登らされる。暑い中、めちゃくちゃきつかったが、視界の奥、山の上に並んだ家々の見える感じ、迷路みたいな傾斜に狭苦しく家が並び、時々ある空き地に草がぼうぼう生えている感じが素敵で、歩いていてとても楽しかった。
やっとのことで唐人屋敷通りに出る。唐人屋敷には4つお堂がある。天后堂、観音堂、福建会館、土神堂の順に全部回る。どれも中に入って間近に神像を見ることが出来る。
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まずは天后堂。天后聖母、つまり媽祖を祀るお堂である。煉瓦の塀の奥に小さなお堂があった。草がボーボーに生えていて、忘れられた宝物を見つけたような気持になる。可愛らしい媽祖像や、これまた可愛らしい象に乗った菩薩像(普賢?)に会うことができた。
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観音堂の入り口には石のアーチの門があり、その前の道にはたくさんの猫がいた。写真では一匹しか見えないが、側溝の中のもう一匹を見つめている。
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まるで忘れ去られたように雑草に浸食されているのに、お堂の中に入るとどこも小さく中華風の音楽がかかっている。
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福建会館の前には孫文の像があった。建物の様式は和様と中国風が併存しているという。
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土神堂に祀られていたのは翁の容貌の小さな像だった。これで唐人屋敷跡にある4つの文化財を制覇したことになる。ああ、面白かった…。
暑い中坂道を歩き回り、汗の量も半端なく、かなり死にかけの状態だったので、近くにあったカフェに入ることに。窓際の席に座ると、窓の外から太鼓の響きと、威勢のいい男性たちの声が聞こえてきくる。なんと、またしても長崎くんちの練習が現れたのだ!
今度は孔子廟で見た龍踊ではなく、鯱太鼓(しゃちだいこ)。山車か神輿のようなものなのだが、何十人もの男性が担ぐ山車の上には太鼓があり、その上に鯱(シャチ)が乗っていて、掛け声に合わせ上空へ投げ、キャッチする。鯱は天空に舞い上がり龍となるのだという。古代中国の伝説がモチーフになっている。
ちょうど見やすい位置だったので、大きな山車を投げてキャッチする様子を全て見ることができた!大迫力だ。もう本当に運が良いと言うか、多分何かしらの神仏が見せてくれたんだと思う。当日無事に怪我無く奉納できることを願っております。
長崎新地中華街
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中華な雰囲気をこれでもかと感じた長崎旅。忘れてはいけないのは日本三大中華街の一つ、新地中華街だ。今回は残念ながらこの中のお店に入ってご飯を食べることはできなかったが、通り過ぎることはできた(笑)
かなりこじんまりとしていると聞いていたが、確かに横浜などに比べてしまうと店の数はかなり少なかった。だがそう広くないエリアに素敵な雰囲気の中華料理店やお土産物屋、タピオカ屋さんなどが詰め込まれていて、歩いていて楽しかった。
さいごに
旅を終えた時、わたしの中の日本地図でただの地名だった長崎が、ものすごい奥行きと色彩を放って記憶に刻まれたのを感じた。江戸時代の鎖国体制下に海外へ開港していた長崎。お寺を巡っただけだったら、唐人の文化が残っているのだなと感じただけだったと思う。
だがわたしは幸運なことに、お祭り前のエネルギッシュな時期に訪れることができた。長崎くんちは諏訪神社のお祭りだが、神様に奉納する出し物は中国文化の香りがする(その他にも様々な国・地域の文化が入り混じっているらしい)。孔子廟の前で龍が力強く舞う光景は忘れられない。
台湾で心惹かれた媽祖が、長崎でも愛され、多くお堂が残っていることにも感動した。長崎の媽祖信仰は、長崎ランタンフェスティバルでの媽祖行列というイベントで体感できるという。いつかその時期にも訪れてみたい。
今回の記事では中華を感じられる場所をまとめたが、実際の旅ではこれらの合間合間にキリスト教関係のスポットも巡っており、さらに訪れはしなかったものの日本の神を祀る神社や寺も多くあるはずで、長崎という土地を宗教面で見た時の複雑さ、「一筋縄ではいかなさ」みたいなものをひしひしと感じながら坂を上り下りしていた。
これもまた旅の醍醐味だ。台湾での経験が長崎の旅も彩ってくれたように、この旅がまた別の旅に繋がっていくのを楽しみにしている。
台湾のお寺の思い出
前回の長崎記事(キリスト教・原爆関係の場所)
まだまだ次回も長崎編が続きます。