いぬがしゃべりました ⑬【予知能力】
<第13話>「予知能力」
教室で下敷きをウチワに男子たちがボヤいていた。
「今日の体育ダリぃな。10月なのにめちゃ暑くて。死ぬ。」
「大丈夫だよ。『シュクレさま』の予言だと、11時から豪雨だってよ。」
「ガチで?中止あざす!」
とハイタッチ。
なになに?なにかが解決したのか?
「あの人たち、なに言ってんの?なんとかクレ様がどうしたって?」
苺乃大福に聞くと、
「モモノスケ知らないの?めっちゃ有名だよ。『シュクレさま』」
とあたりまえだろ的な顔。
「シュクレさま?」
ネットニュースを検索すると大騒ぎだった。
謎の『mr.secre_man…xxx』という名のSNSアカウントが話題になっている。ときどきつぶやく内容が、どうやら物議をかもしているそうだ。
だけどSNSで人気だからって、それは決して『加工アプリ並みのメイク術』や、『韓国映えスイーツ情報』のような浮ついたネタではない。
見ると、
" 今日16時20分。茨城県を中心に局地的雷雨。 @mr.secre_man…xxx "
" 明日未明。千葉南房総で震度1程度の地震。震源地は約10キロ太平洋沖。 @mr.secre_man…xxx "
" あさって午後。東京都23区内で竜巻発生。 @mr.secre_man…xxx "
どれも関東近県の災害の予測だ。しかも、その驚くべき的中率!
時には小さな地震から、1週間先の台風の進路や突然の豪雨など。
気象庁の発表より早く正確だ。しかも細かすぎ。と、ちょっとした騒ぎになっていた。
『シュクレ様』の予言の対象地域は、時には国内にとどまらず、海外のさまざまな気象や災害についても言及するものもあった。
ここ2か月の間に、東南アジアから中国まで北上し襲う大きな台風。北米の巨大竜巻。
そして、ユーラシアプレートとアフリカプレートの境に横たわる活断層による地震…。
…なんてことも的中させていた。
その影響力はすでに世界に広がり始めていた。温暖化の影響で続く異常気象について、『地球が悲鳴を上げている。』と警鐘を鳴らすそのヒーローぶりは、各地に熱狂的なファンをつくっていった。
そういえば最近、テレビのニュースやワイドショーでもシュクレ様の話題で騒いでいた気がする。
しかしその正体は、誰も知らない。
一体誰なのか?日本人なのか?どこに住んでいるのか?謎の存在で、その実態は世界中の誰も知られていなかった。
自然科学界のパンクシーとして話題を呼び、その正体を詮索する世の中の関心をいたずらにあおった。関東近郊の気象の予言から始まったからという理由で、『シュクレ様は東京在住の可能性が高いのでは?』となおさら盛り上がった。
世界のフォロワーたちは口々に驚嘆と称賛の嵐。
“ どうしてわかるんだ? “
“ 当たり方が神。 “
“ ロシアの諜報機関で昔働いていたらしい “
“ 未来人?人生何周目? “
“ 『砂糖さん』。明日のゴルフ、晴れにしてくれたら1万払う! ”
…ん?
ちょっと待って。
『シュクレ』って、フランス語で…『砂糖』だと?
『Mr.シュクレ』で、『砂糖…さん』?
まさか、まさかね…。
部屋をのぞくと、お腹を出してあお向けに寝転ぶ、ダラダラモードのサトーさん。風になびくレースのカーテンを口でパクパク捕まえようとしている。のんきなもんだ。
「もしや、まさかと思うけど…Mr.シュクレ・マンって、あんたなの?」
「ん?…ああ、(パクパク)言ってなかったっけ?」
「言ってません!ちょ、ちょ、ちょっと待って。こんなの書いちゃダメじゃん。あんたのことバレちゃうよ。」
カーテンに心奪われ、柔らかにはためくタイミングを計っている。「大丈夫だって。(パク)インチキ占いくらいに思われてるよ。(パクパク)」
世間と温度差ありすぎ。
「当たりすぎだって怪しまれてるよ。なんでわざわざ?」
「しょうがないじゃん。人助け。(パク)災害が来ることを知ってるのに言わない方が罪深いよ。(パクリ!と噛んで)やった、ふかまへた。」
「そりゃそうだけどさ。」
スクッと起き上がり、ブルブルブルッと全身を震わせた。
「僕たち犬は、地球の変化が分かる。磁場の変化、地盤の動く音、空気中の素粒子の変化…人間が進化によって失った感覚を僕たちはまだ持ち続けている。地球と会話ができるんだ。だから皆に知らせる義務がある。」
と言いながら前足で机の上のパソコンを指して、
「あ、そうそう…ちょうどこれを国際地質科学連合IUGSに送りつけてやろうと思ってたとこだよ。」
「は?ナニをドコに送るって?」
画面を見ると、なにやら長い英文が並んでいる。
「論文だよ。『太陽フレアの地殻変動に対する影響』について。」
「てかなに?その呪文。『なんとかフレフレ』がどうしたこうしたとか。」「『太陽フレア』だよ。説明したってわかんないよ。」
「ぶつよ。」
「太陽の表面で爆発現象が起きること。それを『太陽フレア』っていうんだよ。たき火でパチパチいうだろ?あんなようなもの。」
論文の写真を見せた。
太陽のオレンジ色の球体表面から、黒い宇宙に向かって炎の揺らめきがほとばしっている。
「太陽フレアが発生した時、陽子などの電気を帯びた粒子が放出されて、はるか離れた地球の磁場が乱れるんだ。そうするといろんな不思議なことが起こる。」
「え?どんなこと?」
「例えば、北海道でオーロラが見えたり、世界で通信障害やGPSの位置情報に影響が出たりすることも。」
「へえ、たき火のパチパチのせいでね。だから、そのフレフレがどうしたっていうのさ。」
「ほら分かってない。」
「わかってるよ。」
「それが地震を誘発しているのさ。地殻変動に影響を与えているっていう説だよ。近年、太陽フレアが活発化していることと、僕はその関連性を論文で証明した。」
「はあ…そうね、そのかんれんせいね。はいはい。とにかく、だからって目立ちすぎ。あんたの正体がバレたら一巻の終わりだよ。」
「大丈夫だって。静かな水面に小石を投げてみるんだ。水紋が広がっていき、どこまでも広がっていく。どこまでも、どこまでも…。」
前足を揃え、肩を落としてふーっと伸びをした。
「なに言ってるか分かんない。」
「僕という存在が、世の中にどんな影響を与えるのかシミュレーションしてるんだ。小出しにね。発信していれば、どこか遠くで化学反応が起きて、もしかしたら僕の秘密の何かヒントがみつかるかもしれない。」遠い目をする。
「どんなヒント?」
「それを試すのさ。」
「やっぱりわかんない。」
「僕というしゃべる犬の存在が社会に認められる、いつかはそんな日が来るかもしれない。それまでいろんな方法で少しづつ反応を見ていくことから始めてみたいんだ。」
そうは言うけど心配だよ…。そんな顔を私がしてるから、サトーさんは微笑んで、
「大丈夫、ネットで500円で買った外国の偽造アカウントだから。それに海外のサーバーを転々としているからIPアドレスは特定されない。」
あんた、ひくわ。
◆
ここ数日、やたらサトーさんが机に向かっている。
「なにを一所懸命やってるの?」と尋ねても、
「別に。ほっておいて。」軽くあしらう。
またかよ。
なんだかなあ。サトーって名前は甘いくせに塩対応だなあ。怪しいなあ。と思ってたら、
またニュースが騒ぎ出した。
あの素性不明の予言者『ミスター・シュクレ・マン』が、またもネットで論文を発表したらしい。
しかし今度は気象や災害ではない、…『医学』だ。
論文の内容は、よくわからん『遺伝子治療の汎用性』とかなんとかについてだそうだ。
" ついにMr.シュクレマンの予言は医学の領域にまで及んだ!神ではないか!? "
とニュースで騒ぎになっていた。
うーん、サトーさんめ。また目立つことをやりおって!
コテンパンに注意しなきゃ、と息まいて部屋の前に立つと、中からサトーさんが誰かと話す声が聞こえる。しかも聞き慣れない言葉だ。なんだ?なんだ?思わずガバッとドアを開けた。
「サトーさん!誰?誰と話してんの?」
「ノックしてよ。勝手に入るなって。」
「ダメでしょ!正体ばれるじゃない!」
「大丈夫。顔出し無しのチャットだから。…あれ?言ってなかったっけ?」と涼しい顔でトボける。
「言ってません。」
それにしても、「変なコトバしゃべってなかった?何語?」
「ドイツ語だよ。」
「は?ドイツ?」
「正確にはスイスドイツ語。スイスの大学で…」
「今度はスイスの女子大生とマッチング?あー気持ち悪い。」
「んなわきゃないだろ。失礼な。スイス国立大学のニートヴァルデン・アプフェルアウフラウフ教授と論文について議論を交わしてたんだよ。病気の細胞が持つ遺伝子の傷そのものを治すために…。ああ、君のポンコツ頭じゃわかんないか。」
「は?うっざ。あんた何やってんのよ。やめなよって言ったでしょ!勝手に論文なんて発表して。」
「あれ言ってなかったっけ?」ととぼける。
「言ってません。」
「いいじゃない。僕の勝手でしょ。」
そう言って、後ろ足で砂を蹴るようにフローリングの床を爪でカリッと搔き、部屋を出ていってしまった。
だから、その気取って伸ばした背筋に言ってやったのだ。
「いいから!とにかくやめてよね!こういうのは。」
「はいはいー。」
「約束だからね!次やったら絶交だから!」
「はいはいー。」
返事が軽い。くそー。
うーん。
何をたくらんでるんだ?
近ごろサトーさんの気持ちが分からない。なんだか手の届かないどこかはるか遠くに行ってしまうのではないか。私たち家族が置いていかれてしまいそうで不安になった。
サトーさんは、一体どこへ向かっているんだろうか?
知りたいような気もするけど、知ってしまったら後戻りできないような怖さも感じた。