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いぬがしゃべりました ㉒【ライカを助けたい】
「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする、冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)
<第22話>「ライカを助けたい」
「家族会議を開きたいんだ。」
サトーさんの一言で家族会議が始まった。
彼の発声で始まるのは、初めてのことだった。
「ライカを助けたい。」
「あのライカ?」パパは驚いたが、サトーさんのただならぬ様子を見て、最後の洗濯物をたたんで座りなおした。「ちゃんと話してくれるかな。」
サトーさんはクッションの上にちょこんと座ると、ライカと出会ってから、どんな会話をして、どんなふうに過ごしたか、今危険な状況だということも細かく説明した。パパたちは、ライカと親しくなっていたことに少し驚きつつも、うんうんと聞いてくれた。
「ニュースはもちろん知ってるよ。今の逆風も。とてもかわいそうだよね。」
「こないだ夢を見たんだ。」サトーさんがポツリとつぶやいた。
ライカの夢を見てうなされ、目が覚めたという。
1957年、旧ソビエト連邦、ロシアの人工衛星打ち上げ実験で死んだライカだ。炎に包まれて息絶えていく姿が辛くて見ていられなかったそうだ。
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米ソ冷戦時代に死んだライカ。そして奇しくも同じ名の、最新のAIアシスト機能によってしゃべる犬ライカ。
2人を重ねて「人間のテクノロジーの犠牲者だ。」と嘆き、
「ライカの脳神経は限界だ。このままじゃ死んでしまう。彼女を励ましていながら、自分の無力さに嫌気がさした。ライカを助けたいんだ。」
「そうね。だとして…、」
お茶を持ちながらソファに深く座ったママが、「サトーさんはどうしたいの?」
イスの上に飛び乗り、サトーさんは決意に満ちた声で言った。
「ライカの所へ行く。ネオ・サピエンス研究機構に。」
はあ!?なに言ってんの?
私は思わず立ち上がってサトーさんに詰め寄った。
「行くって!?誰が!?」
「僕が。」
「正体がバレちゃうでしょうが。行ってどうするの?」
「お願いしてみる。…普通のイヌに戻してください、コンピューターと切り離してください、って。」
バカじゃないの!?小学生みたいなこと言ってる。信じらんない!
たまらずグイッとサトーさんのイスを引き寄せた。
「ダメ!どんなひどい目に遭うか!ライカだってあんなに攻撃されてるんだよ!かわいそうだけど巻き込まれちゃダメ!」
「僕の姿を見せれば、あの会社も考え直してくれるかもしれない。」
「は?そんなの聞いてもらえるわけないでしょ!」
「だったら、力づくでも逃がす。」
「誘拐になっちゃうでしょ。ま、あんたみたいにちっぽけで非力なワンコじゃ、無理だけどね。」
「うるさい、へっぽこ厨二病。」
「なにをー!」
今にも鼻先に噛みつきそうな私とライカ。
ママが「まあまあ。」と割って入った。私たちを両手で引き離しながら、
「二人とも落ち着いて。サトーさんちゃんもね、さすがにライカをさらうのは許すわけにはいかないわ。正しくないことはダメ。危険だし。」
「そうだよ。誘拐犯。ソッコー逮捕だよ。」私も乗っかる。
サトーさんは冷めた目で「ちなみに犬の場合は、誘拐じゃなくて窃盗罪。物が盗まれただけ。警察だっていちいち動かないさ。」
チッ、また屁理屈。
パパはサトーさんをなだめようと、
「まま、穏やかに。パパはサトーさんの力になってあげたいと思う。だったらパパが代わりに行って話してこようか?」その場を収めようとする。
だけどママは目もくれず、
「そんなの聞く耳持たれないでしょ。」と一刺し。
「うっ……。」チーン。
パパとママはまだ、ぎくしゃくしてる。最近、自然に過ごしてたように見えていたのにな。
なんとかサトーさんを止めなきゃ。私は思い出した。
「そうだ、あんた得意のハッキングで操作してあげれば?」
「とっくに試したよ。」
「試したんかい。」
「さすがの僕でも、あの強固なセキュリティは破れない。」
ダメか。じゃ、
「それに、それに…いいの?助けて普通の犬に戻すの?今のライカじゃなくなっちゃうよ。二度としゃべれなくなるよ。」
「もちろん話もできないけど。感情は彼女のままだ。会話した楽しい記憶は残るだろう。脳死してしまうよりはいい。」
うーん。
決意が固い。言い負かされてしまう。
パパとママと私は、どうしたものかと顔を見合わせた。
私たちの思いは一致していた。
もちろんライカはかわいそう。そんなのわかってる。助けられるものなら助けてあげたい。
…だけどそんなのムリだ。できっこない。
もしもサトーさんを行かせたら大変なことになる。今までみんなで一所懸命秘密を守って、誰にも知られずにここまでこれたのに。そんなの頭のいいサトーさんが一番理解しているはず。なんとか引き留めないと。
「あんたのことが世の中にバレたらどうするの!?どんなことが待ち受けているか分からない。だから絶対に行って欲しくない。」
パパも援護射撃。「リスクが高すぎるよ。逃がせたとしても、GPSで見つけられちゃうかも。メインサーバーにつながってるから、ライカが見るものすべて本社に筒抜けになるだろうし。すぐ連れ戻される。」
ママはお茶を一服含んで、息をついた。
「サトーさん、あなたが大切なの。正直言うと、最初は樽斗が戻ってきたように思ってたの…。けど今は違う。サトーさんはサトーさん。あなたは私たちの家族。もう二度と奪われたくない。」
サトーさんはママの顔を見た。ママは優しくうなづく。
「………。」
パパの顔を見た。パパもうなずく。
「………。」
サトーさんは考えるようにうつむいたが、ブルブルブルっと身を震わせた。
「でも、危険なのはわかってる。ライカのために行く。覚悟はできてる!」
狭いイスの座面で、せわしく回り始めた。
覚悟だって?
自分の身をさらしてまで、危険に飛び込もうとしている。
ライカ、ライカ、ライカ……って。近ごろライカばっかじゃん。
そこまでライカに肩入れするサトーさんに、なんだか私はとてもイラついた。
「あんたライカのこととなると普通じゃなくなる!頭いいはずなのにバカじゃないの!?」
「ひどいな!君には心がないのか?世界で唯一のしゃべれる友だち、たった一人の同種を助けたいんだ。みんなには分からないよね、この気持ち。」
しゃべる犬は自分だけだと孤独を感じていたサトーさん。ようやく出会えたたった一人の似た者同士だった。生きてさえいれば彼女の中に一緒に過ごした感覚は残り続ける。このまま脳死をむかえたら、その思い出さえも失ってしまう。
私だってわかってるよ。わかってる。だけどあなたが危険なの。
なのにライカ、ライカって…。頭が良くて冷静なサトーさんらしくない。
「いいよ。ひとりで行くから。」
もう、なんだよ!勝手にすれば!
「私は絶対反対!勝手に行けば?私は絶交だから!もう戻ってこないで!」
「ああ、戻ってこないよ!二度とね!」」
勢いよくイスから飛び降りて、すたすたリビングを出ていこうとする。
私は止めるのが悔しくて目を伏せた。
「ちょっと、サトーさんっ。私たちはただ、あなたのことが心配なの。」
ママが呼び止めると、足音がピタリと止んだ。
思わず目を上げると、サトーさんが背中を向けたままドアの前で立ち止まっている。
やや力なく丸めた背中でポツリと言った。
「心配、心配って…。」サトーさんは、振り向き乾いた表情で、
「僕はタル兄ちゃんの代用品じゃない。」
うっ…。
みんなの胸がズキンと痛みにうずいた。
私たちはサトーさんに、亡くなったタル兄ちゃんを重ねて、勝手に家族ごっこを押し付けていたのかな。
タル兄ちゃんで空いてしまった心の穴をサトーさんで埋めてただけなのかな。
サトーさんはそんなの迷惑だったのかな。
私たちは、何も言えなくなった。
「…………。」
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その時、「大変だ!」パパが声を上げた。
「ネットが荒れてる。『皆でライカの会社に抗議しに行こう』だって。呼びかけがすごい。」
「ほんとだ!なにこれ!」
真っ先にサトーさんが、パパの手元に駆け寄り、私たちも覗き込む。
SNSでは、ポン♪…ポン♪…ポン♪…と軽快な投稿音とともに、秒刻みでどんどんライカとネオ・サピエンスを攻撃する書き込みが増えていく。
” あの犬は危険だ ”
“ 集まれ!#ネオ・サピエンス_抗議 ”
“ 住所特定!江東区新豊洲7丁目5-2……… ”
“ ぶち壊せ!”
“ 殺してしまえ!”
パパがどこまでスクロールしても終わらない。「何百も…集まってる。」
残酷な文字と温度差がありすぎる軽快なアップ音。鳴りやまない。
「ライカが危険だ!」
サトーさんは決意の表情で、「今から行く!」
ライカが危ない。サトーさんが頑固なのは良く知っている。いつも自分で決めて、勝手になんでもやってしまう。こうと決めた彼を止めることが難しいのも家族みんな分かっていた。一人で行かせるわけにもいかないし。でも…。
「ふーっ。」
パパは、あきらめに似たため息をついて立ち上がり、サイドボードの小さなお皿から何かを手に取って、カチャリとぶら下げて見せた。骨型のキーホルダーにぶら下がった車の鍵。
「わかった。じゃあ、行こう。」
えっ、ちょっとパパ?
「ホントに?」嬉しそうに高揚したサトーさんが舌を垂らした。
「その代わり…。」黒い鼻先にパパは指を立て、「正攻法で行こう。行って話をするだけ。サトーさんは犬のフリをする。決してしゃべらない。いいね。約束できるかな。」
「…わかった。約束するよ。肉球で指切り。」
「私も。」ママもソファから重い腰を上げた。
「ちょっと、ママ?」
「ライカもサトーさんも心配だし。」
「桃々も、行くでしょ?」パパが笑顔で誘う。
なんだよ。みんなでライカ、ライカって。
私をうかがうサトーさんの視線も嫌だったから、
「私は行かない。」ソファに転がりフテ寝した。
「そっか。じゃお留守番だね。」残念そうにパパがつぶやいた。
なんだか素直になれない。
◆
ネオ・サピエンス機構へのアポは、意外にもスムーズだった。
サトーさんがライカのメールに「そちらに行きたい。」とメッセージを送ったところ、OKの返事が届いたのは、メールをして数分後すぐのこと。
それはちょうど家族みんなが、マンションの駐車場で我が家の軽自動車に乗り込もうとしていた時。冷え込む夜、パパが後部座席に犬用キャリーバッグを積み、ママがサトーさんにタブレット端末を開いてあげた時のことだった。
テレビの取材で観た、あの甘納藤CEOからも直々にメッセージが届いていた。
“ 本日の来社のお申し出、ありがとうございます。
ライカも皆さまにお会いしたいと大変喜んでおります。
昨今の出来事でライカも動揺を隠せず、私共も気に病んでおりました。
是非あの子の支えになってやっていただけましたら幸甚です。
皆さまのお越しをお待ちしております。
代表取締役CEO 甘納藤カヌレ”
ライカによる身元保証のおかげもあったが、サトーさんとの親密なやりとりはこれまでも会社に好意的に評価されていたようだった。さすがにサトーさんの正体はバレていなくて安心したけど。
「行かなくていいの?『Dear 桃々様』って書いてあるよ。」とパパは、わざわざ見送りに来た私を見透かすように言うから、「いいの。」とそっぽを向いた。
「そっか。じゃ、戸締り気を付けてね。よっこらしょっと…。」
『バタン!』ドアを閉める音が、残された私の迷いを断ち切るように響いた。
その時、
「あれ?ちょっと待って!」
サトーさんが叫んだ。窓のすき間から外へ鼻をヒクヒク出そうとする。
「なによ。」
「見て。ほら、あの黒い車。」
「えっ?」
” ブーン!ブロロロロ… ”
急発進するエンジン音で私たちが振り向いた時には、黒のワンボックスカーが白い煙を吐きながら、表通りの一旦停止を無視して角を左折するところだった。
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「何?あの車、どうしたの?」
「さっき誰かがこちらを見ていた。」サトーさんは眉をひそめる。
「うそ、また?こわい、こわい、こわい。」
「待ってて!」
パパが後を追うように飛び出した。
警戒の色のサトーさん。
「誰だろう。神社でもつけられているような気がしたし…。かすかに同じ匂いがした。」
だけどパパが通りの先にたどり着いた頃には、怪しい車はすっかり夜の街の暗闇に姿を消してしまっていた。
肩で白い息を切らせ、運転席シートに戻りながら、
「パパもだよ。」とバックミラー越しにサトーさんを見つめた。「こないだ会社に行くとき、誰かに見られている気がしたことがある。気のせいかと思ってたけど、あんな黒いワンボックスだったような…。」
「レンタカーだね。”わ”ナンバーだった。足がつかないようにかな?」
首をかしげるサトーさんを、「なんだろう。気味悪いわね。」とママが後部座席で抱き寄せた。
飴宮神社で感じた視線は、気のせいではなかった?
一体誰が?何のために?サトーさんの秘密に気づいている者がいるというのか?
なんだか私は背筋のあたりがゾワゾワしてきた。
怖くなって思わず、
「やっぱ一緒に行く。」と助手席に飛び乗った。
パパは笑ってハンドルを握り、エンジンをかけながら、
「よし、みんな揃ったね。お客様、テーブルを片付けてシートベルトをお締め下さい。」
サトーさんが横目でニヤけるので、なんだか悔しい。
だから、「あんたわかってるよね。しゃべっちゃダメよ。ちゃんと犬のフリをしてね。ライカのことになると、あんた変になっちゃうから。」
と、上から目線で憎まれ口をたたいてごまかした。
「わかってる。」
ニヤニヤするから余計にムカつく。
とかなんとかいって、私も乗っちゃった。
ライカを助けに行くんだ。どうなっちゃうんだろう。これから起こることに胸がざわついた。
(つづく…)
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