見出し画像

いぬがしゃべりました ⑲【浮世絵の秘密】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする。冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第19話>「浮世絵の秘密」


近頃、サトーさんがつれない。
なんだかもやもやする。

そんな、ある夜。
ダイニングテーブルで、ママまでノートパソコンに夢中。
だから、甘えてまとわりついてみた。「ねえ、ママぁ。」

「ちょっとくっつかないで。コーヒーがこぼれるわよ。早く寝なさい。いつも起こすの大変なんだから。」
「ママだって。寝る前にカフェインなんてさ。眠れなくなるよ。」
「大人はいいの。週末仕事やり残しちゃって。資料図書館のデータ整理。」

大好きなママを奪っているPC画面を見ると、犬の絵が目に飛び込んできた。ずいぶんと古いもののようだ。

「あっ、ワンちゃん!」
「そうね、そうね。はい、はい、早く寝て。」
「可愛い~。」
「サトーさんが来てから、ワンちゃんが目につくようになったわね。」
「ね、ね、サトーさん!見て見て、あんたにちょっと似てるよ。」
サトーさんは興味なさそうに丸まって寝ている。

「ママ、その絵、なに?」
「浮世絵よ。江戸初期の頃かな。」

寺小屋の風景を描いたものらしい。犬が子どもたちになにか話しかけているように見える。意味深な浮世絵。
あれ?どっかで…?
そうだ、いつかライカが言っていた絵かもしれない。

「見えない。ちょっと手どけて。」
「邪魔しないでくれる?仕事終わらないから。」

犬が人間の子どもたちに読み書きを教えている。子どもたちは一心に先生を見る者もいれば遊んでしまっている子もいる。生き生きとしたタッチで、当時の町民たちの息づかいを感じさせる魅力的な絵。
だから余計、気になった。



「ママ…この建物は…お寺?」
「さあ、詳しいことはわからないわ。ママは司書だから図書専門。資料は学芸員の八ツ橋さんでないと。」

「ねえ、サトーさん、見てよ。」
「なんだようるさいなあ。」
面倒くさそうにイスに飛び乗り、チラリと見て、
「いや、神社だね。」

とは言え、ちょっぴりは気になったのか、「しめ縄に紙垂(しで)もある。ああ、よく見えないけど『なんとか神社』って文字も見えるな。」
画像のドットが荒れていてなんとか読める程度だが、確かにそう書いてあるようだ。

「これってなんて読むのかな?」

「ん?」彼が目を凝らした。

「ね、サトーさん。」

「…………。」

「サトーさん?」

「もしかして…いや、そんなわけ…。」
むくむく湧きあがった自分の考えを否定するように首を振る。

「え?どうしたの?サトーさん」

しかし気になるのか、再びサトーさんは画面を食い入るように見つめた。

「なに?なんか気になることでもあるの?」
「いや、そんなわけない…。だけど、もしそうだったら…。」
じっと浮世絵を見つめて固まったように動かない。
「ね、どうしたのさ?」

「ママ、これもっと拡大できないの?」
サトーさんがテーブルに飛び乗る。
「こら!テーブルの上はダメって!なに?もっとアップにするの?ちょっと待って…」
ママらしい小言をこぼしつつも、画面の絵を拡大してくれた。
「ダメだ。限界。これより大きくなんないな。」

サトーさんがママの袖を噛んで引っ張った。
「本物はどこにあるの?」
「え?そりゃウチの資料館に保存されてるよ。」
「えっ?なになに?」どうしたの?

「ママ、これ見たいんだけど。」
サトーさんは何かが気になるようだ。
「え?」
「本物を見られるかな。」
「え、ああ、ちょっと頼んでみる。でも、なんで?」

「………」
サトーさんはだんまりして画面を見つめている。

「ねえ、ねえ、一体なんなの?教えてよ!」

いくら聞いても答えない。
「………」




ママと私は長い長い廊下を歩いていた。職場の先輩、八ツ橋さんのムッチリした背中を眺めながら。
江戸資料図書館に勤めるママでさえ初めて立ち入るような場所。歴史文化資料保存倉庫の奥の、奥の、そのまたさらに奥。

「ここには都内の歴史的な資料の3割が所蔵されていると言われとります。特に江戸時代の物がぎょうさん。」

ずらりと並んだ箱の山。2万点の歴史的な文化財の所蔵があるという。
資料館の館内で展示されているものは選ばれたほんの一部で、これらはほとんど人目につくことはない。あるとすれば、ごくたまに江戸の文化史を研究する大学などが訪れるくらいで、ほとんどは長い年月誰も見ないマイナーな文化財だそうだ。

八ツ橋さんが、ピチピチカーディガンの胸で苦しそうに伸びた、犬のワンポイント刺繍をいつも以上に伸ばしながら、不思議そうに尋ねた。
「急にこんな地味な資料を見たいやなんて、どないしはったん?」
私はとっさに、
「いや、あの、宿題なんです。夏休みの自由研究的な。」
「へえ、偉いなあ。しかもなんでマイナーな浮世絵の?」

疑わしい目で私を見た。あれ、私たちなんか怪しまれてる?
以前から八ツ橋さんにはサトーさんに疑いの目を向けられてきた。なにかにつけ「お宅のワンちゃん元気にしてはる?なんか変わったことない?」ってママが聞かれたこともよくあるらしい。
決してバレてはいけないから、今日はもちろんサトーさんはお留守番だ。

すかさずママがごまかす。
「うちで犬を飼い初めてから、この子、ワンちゃん好きになって。どうせなら犬をテーマにした歴史が勉強したいなあって、桃々がこだわるんですよ。この子ったら、アハハハ。」
ママ、ファインプレー。見とれている私の背中を叩いた。
「いてっ、そうです。ワンちゃん大好き。あはあはあは。」

「ふーん」じろり。「別にええけど。あ、こっち右ね。」

あぶねー。

サトーさんはなぜ浮世絵を見たいといったのだろう。
あれから理由を教えてくれない。一体何が気になるのか?
ライカが言っていたから?いや、様子がおかしいのは、あきらかにあの浮世絵を目にしてからだ。
犬のサトーさんは家でお留守番。スマホでつないだ映像を見てもらう。

八ツ橋さんの手にはタブレット。犬の寺小屋の絵と管理ナンバーがずらりスクロールされる。照らし合わせながら棚の間を進む。
「Eの16000509…0509…0509確かこのへんにあったはず…ああ、0509!ここや、ここ。」

大きな木箱の蓋には小ぶりなカードが貼り付けてあった。ナンバリングされ物々しく印刷されたQRコード。
タイトルには「1600年代ー江戸初期ー肉筆画ー絵師不明」と書かれている。

「菓子山ちゃん、そっち持ってくれはる?」
ママも手伝って棚から大きな木箱を降ろした。
「ほな開けるね。」

「ちょっと待ってください。開けるところ、これで撮っていいですか?」
私はスマホをかざして通話をONにした。
「あら、なんなん?」
「ビデオ通話です。お友だちも見たいって。一緒に課題提出するクラスの仲間で。」
サトーさんが家で見ているなんて言えない。

「えっ!?」
八ツ橋さんが険しい表情で固まった。
やばっと身構えたら、

「なんやぁ、ちゃんと化粧しとけばよかったわあ。」
と女子高生のようにモジモジした。



八ツ橋さんは「よっこらしょ。」と蓋を両手で抱えるように静かに持ち上げる。
ママが白い布手袋をはめて除湿剤を取り除きながら、幾重にも重なった薄い和紙のカバーをふわりと静かにめくる。
そこに現れたのは、古い書物や浮世絵。次々と重なっており、いくつも出てきた。

『見えない。もっと右!!』

いきなりスピーカーからサトーさんが指図する声。

「え?」
八ツ橋さんが怪訝な目でスマホを覗き込む。
向こうのカメラはオフってあるけど、これは怪しい。

「お友だちなんです。共同研究の。ね、サト…いや…あの…。」

スピーカーから、
『はじめまして。クラスメイトのムトーです。』
とよそ行きの声で返す。
”砂糖さん”だから ”無糖“って安直だな。IQ高いくせに。

「あらー、男子ぃ?ボーイフレンドやん。もしもし初めまして。桃々ちゃんと仲良うしてくれはっておおきにね。」
嬉しそうに私のスマホに齧りつきそうなくらい口を近づけて話す。昭和生まれはスピーカーフォンとの付き合い方に慣れていないようだ。

「最近、寄贈されたばかりでね。まだちゃんと整理が追いついてへんのよ。」
そう言いながら八ツ橋さんが取り出す浮世絵には、
”犬が化け物と戦う” ”犬がたくさんの米俵を積み上げる” など、
犬にまつわる絵柄のものが多かった。

「これってどういう内容なんですか?」
浮世画を指して聞くと、
「擬人画やね。」
「ぎじんがー?」

『擬人画だよ。』
サトーさんの声がする。『浮世絵には、動物を人間みたいに擬人化して描いた画がたくさんある。』

「あらま。」
と八ツ橋さん。「ボーイフレンドはんは賢いね。そやね、娯楽として当時流行ってたみたいやね。今でいうマンガみたいなもんやね。これは、疫病の化け物を犬が退治する絵で、はやり病のお守りみたいな意味があるんやね。たくさんの米俵は、豊作を祈願する絵やろね。」

「なんだ。サトーさんとは違うのか。」
ついポロリとこぼしてしまった。

すると八ツ橋さんがギロッと私に鋭い視線を送り、
「サトーさんと違う?なにが?」
「いえ、なんでもないです。」
慌てて背筋を伸ばす。

「ああ、これこれ。これでええんかな?」
薄い和紙をめくると、そこには画像で見た寺小屋の浮世絵だ。

「本物だ…。」

実物を見ると、200年前のザラザラした紙質からその時代の匂いを感じるようだ。描かれた筆遣いに生き生きとした犬や子供たちの描写が伝わってくる。本物の迫力に息を飲む。

「これはどういう意味が?」
「たぶん、書や文を学ぶ、学業成就祈願みたいな絵やね。」

スマホのサトーさんの声が飛ぶ。
『そうそう!もっと近づけて!』

「えっ?この辺?」
『違う!もっと下!…神社の名前の部分、そこ!』

古い文字でくにゃくにゃしているので、私には読めない。かろうじて一番最後の『神社』だけはなんとなくわかる。

「なに?読めた?なんかわかったの?」
『………』
「ね、サトーさん!?」

『……やっぱり。やっぱりそうだった。』
サトーさんの喜びに満ちた声がこぼれる。

「なに?どうしたの?」
『なんてことだ…こんなことがあるなんて。』
「だから、あんた何よ!」

私をスルーしてスマホごしに、
『あの、八ツ橋さん?』
「はいはい。なんですのん。彼氏はん。」
八ツ橋さんも嬉しそう。

『この資料って、寄贈されたっておっしゃっていましたよね?どちらからですか?』

「ああ。ちょっと待っておくんなはれや。確か…どこぞかの神社やったような…。それがどないかしはったん?」
ゴソゴソとタブレットを操って、
「ああ、神社ですわ。あめみや…飴宮神社っていうところどす。」

「飴宮神社?…はて、どこかで…?」

『そうさ。覚えてないのかい?』
スマホのサトーさんが私を試すように聞く。

「教えてよ。」
『保健所の動物愛護センターのおじさんが言っていただろ?』
「あっ!!!」

そう、思いだした。

サトーさんが赤ん坊のころ。母犬と一緒に保護されたという…
…あの神社の名だ。

サトーさんの生まれた場所が、400年前の浮世絵に?
え?え?一体どういうこと?




(つづく…)



第1話へ  前へ  次へ





いいなと思ったら応援しよう!

シオツマ ユタカ
シオツマのnoteはすべて無料です。お代は頂戴しません。 少しでも多くの方に楽しんでいただけたなら…それだけで幸せです。

この記事が参加している募集