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いぬがしゃべりました ⑯【話す犬ライカ】

「ある日突然、イヌがしゃべった!なぜ?」
中2女子 桃々と犬のサトーさんが、謎を解明するふしぎな3年間。
「犬と話したい」と夢見る方にお贈りする。冗談みたいなお話です。
(※第1話へ)

<第16話>「話す犬ライカ」


「コンニチハ。ワタシ、ライカ。1サイ…。」

犬が…言葉を話している。

『犬がしゃべる未来』と、キャッチーな見出しが踊るニュース映像。

まさか…まさか…。

目をまんまるにして、画面にくぎ付けにされて固まったサトーさん。尻尾も耳も呆然と垂れ下がったまま。
私たちはしばらく目が離せなかった。

テレビ画面では、犬が飛び跳ねながら芝生でボールを追いかけている。その姿はまさしくただの犬だ。ふさふさとした長く白い毛に黒い模様をまとっている。
新人女性リポーターがムダに明るい声で、まるでテーマパークのキャストのように大げさにリポートする。

「元気に遊んでいるワンちゃん。ボーダーコリーのメスのライカちゃんですが、驚くべき秘密があったのです。それはぁ…」コリー犬の前にしゃがみ、「人間のようにしゃべること。」

鼻先にマイクを向ける。
「ボール遊び、楽しいですか?」

「………。」

突きつけられたマイクヘッドの赤いスポンジを、嗅ぎながらじっと見つめ、ガブっと噛んだ。

「ちょちょ、ゴハンじゃないですよー。」慌てたリポーターが取りつくろう。「気を取り直してもう一度。ボール遊び、楽しいですか?」

注意深くマイクを嗅ぎつつ、モジモジして、

「…ウン、楽シイ。」

「おおっ!」「しゃべった!」スタジオのゲストコメンテーターたちが口々にどよめく。
活舌がまだこなれていないようだけど、ちゃんと言葉に聞こえる。

「好きな食べ物は何ですか?」
ちょっと恥ずかしがり屋らしい。モジモジしながら、
「ソーセージ。ママガクレルノ。ネェ、ママ、オ腹スイタ。」とカメラの向こうの誰かに話しかけている。

本当にしゃべってる。どういうこと?


前衛的なデザインのビル。流れる水のようになめらかな曲線が美しい。春の爽やかな青空と白い雲が全面のガラスに映るエントランス。
そこへリポーターが吸い込まれるように入っていく。

廊下を進みながら、
「ということで、記者発表イベントにおじゃましたのですが…。ライカちゃんがしゃべる、その秘密はこちら。皆さん、見えますかぁ?」
人差し指を立てるリポーター。指先についたゴマのような小さな塊。

「なんですか?その小さなものは?」
中継で結ばれるスタジオでは、ワイプ画面で白髪交じりのベテラン司会者が目を細めて尋ねる。

「こちらのチップ。スマホの中にもあるマイクロプロセッサと呼ぶ小さな集積回路です。これがライカちゃんの脳内にいくつも埋め込まれているんです。張り巡らされた人工神経細胞とともに。」
「それで話せるんですか?」
司会者は懐疑的なようだ。

「いえいえ、このチップはあくまでも通信手段。小さなスマホが頭の中にあると思ってください。」リポーターはドアの前に到着すると、ノブを回す。「実はこれとつながっているのが…」ガチャリとドアを開ける。
「こちらの部屋です。」

「うわっ、広い!」どよめくスタジオ。コメンテーターたちはさすがリアクションがうまい。

そこはサッカーコートほどに広がる巨大な空間。背丈を超える巨大なロッカーのような鋼色の物体が、その滑らかな表面を鈍く光らせながら百台以上もかズラリと並んでいる。

「なんですか?すごい数ですね。」
「光量子コンピュータ『富士』です。」リポーターが整然と並ぶ黒銀の谷を進む。「こちらのサーバールームとこの小さなチップが常にWiFiでつながっているんです。私たちは今まさにあのライカちゃんの頭の中を歩いているんですね。」



「ちょっと待ってください。難しくって、まだよくつかめないんですが。」

「わかりました。では、こちらの方にお話を聞いてみましょう。『ネオ・サピエンス研究機構株式会社』のCEO、甘納藤カヌレさんです。『ネオ・サピエンス社』は米国グールグル社と日本の国立理研化学センターが共同出資した合弁企業で、甘納藤CEOはシンガポールにあるカヤジャム医科大学の脳神経外科の権威でもいらっしゃいます。」

「こんにちは。」
紺のパンツスーツに黒のハイヒールを合わせ、しなやかなパーマがかった茶髪ボブを指で耳にかき上げる甘納藤カヌレ。ベルギーと日本人のルーツをもつという。代表の風格をテレビ越しでも挑発的に感じさせていた。

スタジオの司会者が訊ねる。
「この部屋、すごいですね。一体どういうことなんですか?」

「実は、この部屋がまるまる人間1人分の脳なんです。脳を再現するにはこの規模の情報処理が必要なんです。」

「こんなに!?」おどろくMC。

「ちょっと失礼。」アナウンサーのマイクヘッドからひょいと赤いスポンジを引き抜いた。

「あっ、またっ…」

「動物の脳を、たとえばこれ、小さな梅干しとしましょう。」甘納藤カヌレ代表は、赤いスポンジをつまんでカメラに突き出し、梅干しに見立てた。
「人間がサルから進化する過程で、考える力、感情、理性などに関係する脳の新しい部分。そう、オニギリでいうところのゴハンが包むように備わりました…」ボールの上から両手のひらで包み込み、
「つまり、大脳新皮質です。犬では足りないこのゴハンの部分を、ここの部屋で補っているのです。」

「ライカちゃんに人間の脳をプラスした?」

「ですね。ある意味、人間以上になったとも言えます。世界中のネットにもつながっていますので、頭の中が無限に広がった仮想空間になっているとお考え下さい。」

「すごい…。人間より頭がいいなんて。」スポンジをマイクに戻しながら感嘆するリポーター。

「あのぉ。」スタジオから、コメンテーターが意地悪な表情を見せる。サイト運営社長らしく今どきゆるめファッションに身を包んでイジワルな質問。「さっきワンちゃんが『ソーセージが好き』と言ったじゃないですかぁ。あれってワンちゃんのホントの気持ちですかぁ?そちらの生成AIが勝手に作った言葉なんじゃないですかぁ?」

フフッと笑みをこぼし、
「いいえ、もちろんライカ自身の気持ちです。AIはあくまでアシスト。彼女の感情『お腹が空いた』とか『遊びたい』などの脳波をAIがアルゴリズムで言語化し、舌や喉を動かす脳内の運動野に指令を出して喋らせています。ま、発声については難しいので、小型のスピーカーで補助していますが。」

「ママッ」

ライカが甘納藤カヌレの胸に飛び込んできた。
「ネェネェ、早ク遊ボウヨ。」ペロペロ顔をなめようと首を伸ばす。
「ちょっとライカったら、今ね、お話してるの。ちょっと待っててね。」

その姿を見ながらレポーターは、
「すごい…。犬の気持ちが分かる日が来るなんて…。」

「でもライカは、まだ幼い子どもです。脳が成熟していませんので、AIとのマッチングに時間がかかります。今は会話のレベルは幼児程度です。」
と、愛犬の美しい毛並みを頭から背中のラインを整えるように撫でた。耳の根元の裏側で、小さな豆のようなLEDライトがグリーンに光っていた。

「なるほど。でもなぜこんなことを?動物と話せる世界を作ろうとしているんですか?」

「おとぎ話のように?フフッ。それも素敵なんですが…。」撫でる手を止め「犬はあくまで開発用。わかりやすく言うと実験用の動物です。」
「うん?」

「将来的には…、『人間』に応用します。」

「えっ?」スタジオが驚く。
「人間に?なんのために?人は喋れるじゃないですか。」
台本と違ってきたのだろうか、驚きで戸惑っているリポーター。

「実用化されれば、人間の認知能力が拡張されるのです。」
「認知能力が拡張?どういうことですか?」
「脳とスパコンがつながるだけで、たとえば…、目の不自由な方が見えるようになったり、認知症の症状を改善したり。さまざまな医療や福祉で活かせる可能性を秘めているのです。そして、その先には…」

「その先には?」

「誰でも応用できるようになります。例えば、あなた。」

テレビカメラに向かって視聴者を指さす。ハーフらしい吸い込まれそうな淡い色の瞳。

「もう学習する必要がありません。世界中の知識を一瞬にして手に入れられる。英語だってペルシア語だってあっという間に話せるし、医師免許国家試験や司法試験にもカンタンに合格してしまう。」

「そんなことが…。」

「お手軽なことで言えば、お目当てのレストランの検索から、お店までのナビも楽々です。スマホだっていりませんよ。離れた友人と脳内で話せます。」

「すごい。世界中の人が想像を超えた能力を手に入れられる…。」

「人間が次のステップへ…ハイレベルな新しい人類に進化する。そんな夢のような未来が待っているのです。もっとも、実現まで何十年もかかるかもしれませんが。なにせ、人間の脳は複雑でしてね。」と甘納藤カヌレ代表は肩をすくめる。



…テレビを観ながら、私は思わずつぶやいた。

「すごい時代になったな…。勉強しなくていいのは嬉しいけど、ちょっと怖っ。」

「もしかして、」パパは「サトーさんはここで生まれたのかな…」とポツリ。
「まさか。」

実は私もそう感じていた。
サトーさんに関係あるかも?この施設で生まれたの?確かめたい。けどどうすればいいの?
…あ、サトーさんはどう思う?気になって様子を窺うと、ヒゲをピクリとも動かさず黙って画面を見ていた。

「本当にそうかもよ。AIとつながってたり…。」
「ちょっとパパ、サトーさんが聞いてるって。」
そう思われるのは、きっと嫌なんじゃないか、とっさに思った。

「…………。」
サトーさんは何も言わず立ち上がり、リビングを出て行こうとする。あちこち床の臭いを嗅ぎながら。考えごとをしている時のクセだ。
奇しくもロケット実験で死んだロシアのライカと同じ名前。しゃべる犬ライカ。そんな犬が存在したなんて。

「ねえ、サトーさん?」
なんだか声をかけづらい。
サトーさんはドアを後ろ足で器用に蹴って閉じると、自分の部屋に閉じこもった。

見送りながらパパは、「どう思ってるんだろね。あんなに自分のルーツを知りたがってたのに。」
「サトーさんも実験のために作られたってこと?」
「まだわかんないけどね。」

部屋をのぞいてみたら、椅子に座ってパソコンをいじっていた。
耳の後ろをこっそり見てみた。もしかしてあのライカみたいにLEDライトが点いているってこと?そっと覗き込むと、

「やめてくんない。」
プルプルと振り払われた。
「ごめん」

「ひとりにしてくれないかな。」
「う…うん、わかった。」

ショックだったのだろうか。
あんなの気にしちゃダメだよ。あんたは実験用AIなんかじゃないって。もしもそうだったとしても、悪く考えないで。秘密が分かってよかったじゃない。声をかけたかったが、言葉が出なかった。何を言ってもダメな気がして。

その日は何もしゃべらないまま、夜中まで一人で机に向かっていた。


翌朝。日差しが暖かい。

『しゃべるAI犬、ライカ』のニュースはまたたく間に世界に広がっていた。
パパがはしゃいで言うには、『ネオ・サピエンス研究機構』は夜中の間に、ニューヨーク株式市場で買われまくって一気に注目を浴びたらしい。知らんけど。

午前8時になって、ようやくサトーさんが部屋から出てきた。
犬なので目が充血したりするわけではないが、やや疲れた様子は感じられた。

「サトーさん、あんた一晩中起きてたの?」

「あの犬と話してみる。」

「は?なに言ってんの?」

「抽選で当たった。」

どゆこと?




(つづく…)


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シオツマ ユタカ
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