診断士 豪一郎の『社長っ、共に経営を語ろう!』⑥
『戦場』を知ろう
翻訳会社社長でありながら、中小企業診断士でもある豪一郎。
「オーダーメイドの家具屋さんが売っているのは、家具がもたらす効用である。」との自らの発言に、豪一郎は考え込む。
では、自動車部品メーカーO製作所は、『何を売っている』のだろうか?
豪一郎は、大学卒業後に勤めた、電線メーカーのことを思い出していた。配属先の資材部には二つの課があり、一課(主資材課)では、電線のコア部分になる銅の購買を、二課(中間財課)では、被覆部になる絶縁材料を購買していた。
「それ自体では特に機能しない」原料を一課が調達し、「他の製品に組み込まれる」材料を二課が調達していた。
ところで、O製作所が生産している樹脂成型品はR工業で電装品モジュールに組み込まれ、自動車メーカーへ納入される。従って、O製作所の製品は、一般的には、「中間財」と定義される。
さて、この時、豪一郎が想いを巡らせていたのは、一課に訪れる取引先と二課のそれとの違いであった。一課には、商社マンが、二課にはメーカーの営業マンと技術者が訪れていた。
両課への訪問者の違いは、取り扱う原料・材料の性質に起因する。一課で購入する原料は、いわゆる市況品であり、電線メーカー向けに特にカスタマイズされることはない。そして、一課で重視されるのは、安定供給とコストであった。一方、二課が重視するのは、VE提案、すなわち品質や機能を落とさずに、如何にコストダウンを実現するかの提案である。すぐれたVE提案を行うには、材料が使われる現場や機械の特徴を知り、顧客メーカーと協力しながら、材料が組み込まれる最終製品の仕様に合わせてカスタマイズする必要がある。こうして顧客と二人三脚で開発された製品には、一般的には競争相手は存在せず、顧客との長期的で安定した関係を継続できる。
さて、ここで豪一郎は改めて考える。
O製作所は、『何を売っている』のだろうか?そして、売上の9割を占めるR工業との長期的で安定した関係は、なぜ今、断ち切られようとしているのだろうか?
O製作所の製品は、R工業にとって、『中間財』として機能していないのではないだろうか?『主資材』と『中間財』の間の性格を持つ製品を、『主資材的な中間財』と呼ぶ。最終製品に組み込まれる『中間財』でありながら、充分なVE提案がなされない、あるいはその必要がないために、安定供給とコストのみが重視されてしまっている『中間財』のことである。
O製作所の現在の営業体制、製造体制では『中間財』を提供できておらず、実際には、たとえば、新興国の製品に簡単に取って代わられる『主資材的な中間財』を提供しているのではないだろうか。
独自の設計部門さえ持たない、受身なO製作所は、R工業にとって、グローバル化の進む戦場では戦力としては期待されなくなっているのかもしれない。
豪一郎は、O製作所への『経営改善提案書』に『戦略シート』を差し込んだ。シートのタイトル欄には、「『戦場』を知ろう。」と記されていた。