広報の仕事 その5 「危機管理広報」について
新卒で広報宣伝部・広報室に配属になったことがきっかけで、以来、会社を変え、業界を変えながら広報の仕事を30年近くやってきました。
広報にはさまざまなタイプの仕事があり、大変幅も広いし奥も深い、非常にやりがいのある仕事です。
今日はちょっとお堅いテーマですが「危機管理広報」について書いてみようと思います。危機管理広報って何?キラキラしたイメージの製品広報や製品PRをご存知の方は多いと思いますが、危機管理?なんだそれ?と思われる方も多いかもしれません。リスク・コミュニケーションとかクライシス・コミュニケーションなどとも呼ばれるこの分野。実は大企業だけではなく、どのようなサイズの企業においても、企業活動においてはさまざまな危機が潜んでいるのです。例えば、社員による不用意なSNS投稿によるネットでの炎上、製造工場の火災や事故、製品輸送中の事故、販売した商品の不具合によるリコール、社員による不祥事や犯罪、などなど、枚挙にいとまがありません。もちろん、そういった問題や事故が未然に防げるよう常日頃から気を付けるのが一番大事です。しかし、それでも起こってしまうのが世の常なのです。起こってしまった場合、会社としてはどうしたらよいのでしょうか?とっさに経営者が判断し、対応をとれますか?経営者が海外出張中だったらどうしますか?広報担当者がそういった経験がない場合どうなりますか?
そのために必要なのが危機管理広報ということになります。例えば有事の際に開催する緊急記者会見の対策は何か事が起こってから始めるのでは遅いのです。日頃から社内外におけるさまざまなリスクを想定し、それに沿った対策を講じることが重要です。わが社は大丈夫、何かあってもなんとかなるだろう、という過信は悲劇を招きます。なぜなら、お客様や、メディアへの対応を誤ると組織のイメージは大きくダメージを受けるからです。それにより廃業に追い込まれる企業もあるくらいです。しかし、その対応次第ではイメージダウンは最小限におさえることができるどころか、逆にファンを獲得することも可能なのです。これを聞いたら、用意周到に準備しない手はありませんね!
危機管理広報、何を具体的に準備すればよいのか。
筆者の勤めてきた会社においては、このような危機に遭遇したことは幸いにもなかったのですが、危機管理トレーニングをさまざまな企業で経験してきました。その経験をもとに、以下に、危機管理広報としての準備をざっくりあげておきます。
■自分の会社におけるリスクの洗い出し
自社においては、どのようなリスクがあり得るか?なるべく起こりえるすべてのリスクについて考えておく必要があります。すべてにおいて備えられればそれがベストですが、難しいので、中でも大きなもの2-3に絞って準備しておくと応用を利かせることも可能だと思います。
■連絡経路の確認
リスクごとに、発生から経営者や広報、営業担当者、あるいは自治体や官公庁への連絡など、誰がどのタイミングで行うのか、という連絡経路と責任の所在を明確にしておきます。事件・事故は平日の営業時間にだけ起こるとは限りません。夜間や週末、年末年始に起こることも想定しておかないといけないのです。
■緊急時にメディア対応する人は誰か?
あってはならないことですが、例えば死者が出るような大きな事故や事件が起こった場合、経営者が記者会見に臨む、あるいは記者の対応をするのは避けられませんが、その事件の規模と内容や程度に応じて、誰が対応するのか決めておく必要があります。役員、事業部長、広報部長、工場長、人事部長、想定されるリスクごとに決めておく必要があり、その対象者は必ずメディアトレーニングを受けておく必要があります。
■なるべく詳細に作りこんだ事件・事故発生のシナリオ
この部分は肝要です。ものすごく現実に起こりえるシナリオを想定して、いくつかパターンを用意しておきます。例えば、製造工場で爆発が起きた場合、そこで使用されていた化学薬品や原材料にはどのような毒性を持つものがあるのか、どのような状況で爆発が起き、人的被害は何人にどの程度の損傷を与えたのか、周りの地域住民への身体的影響や河川など環境への影響はどの程度なのか、を想定してシナリオを綿密に作ります。
■メディアトレーニング
上記のシナリオをもとに、事件発生から時系列に順を追ってシミュレーショントレーニングをします。その際に、メディアからまず最初の問い合わせが入った場合、電話を受けた部署の社員はどういう対応をすべきか?また、会社にメディアが殺到し、何も知らない一般の社員にマイクを突き付けられた場合はどうすべきなのか?そして、ある程度の事故・事件の概要が明らかになってきてから、記者会見を開く場合、誰がどのように受け答えをすべきなのか、を徹底的にトレーニングします。その際の、受け答えする人の服装や会場の設えも大事な要素になります。ビデオに撮ってレビューをするのが良いでしょう。その際には、やはり外部の専門機関を使ってトレーニングすることをお勧めします。
■ポジショニング・ペーパー、プレスリリース・テンプレート、想定問答集の作成
事件・事故の第一報の直後から、広報担当者は記者会見や囲み取材に備えて、ポジショニング・ペーパー(その件に関するその企業の対応スタンスを定めたもの)、想定問答集、プレスリリースの準備をする必要があります。対外的な応対だけとっていて、社内への周知がおろそかになっては困ります。そして、これらの複雑な準備は、事件や事故が起こってからでは絶対に間に合いませんので、ある程度事前に想定シナリオに基づいたものを複数準備しておき、有事の際は空欄を埋めるだけ、のテンプレートを用意しておくのがベストです。メディアへの案内と同時に、ウェブサイトへの発表文も必要です。事前にテンプレートを作成し、いつでもアップできる体制をとっておくことが重要です。
■姿勢・発言のポイント
「私たちも被害者なんだ!」と言って過去に大炎上した経営者がありましたね。まずは、自分たちの当事者意識を持つことが大切です。お客様にご心配をおかけして申し訳ない、世間を騒がせて申し訳ない、というスタンスで臨むことが必要です。そして、謝罪会見でのタブー、つまり世間から非難を浴びるのは、なんといっても「嘘をつく」「真実をかくす」ことです。わからないことはわからないと言って構いません。調査中の事柄や、まだ不明の確認事項というのは第一回目の記者会見では大いにあり得ることです。「現在、調査中です」「至急、お調べしてお答えします」と正直に言うしかありません。嘘や隠蔽だけは避けてください。それを「私が思うに・・・」とか「おそらくそうだろうと思うのです」と勝手な推論で話してしまうのがもっともよくないのです。また、何を聞いても「ノーコメント」あるいは「発言を控えさせていただきます」の連呼だと、「なんだよ、まじめに答える気あるのか?」「記者会見を開く意味があるのか?」ということで記者からの不満をあおり、ひいてはお客様や一般消費者からの怒りを買うことになります。
まとめ・日ごろからの心がけ
リスクはどんな企業にも起こりえます。自分たちは大丈夫、という過信はやめ、常日頃から経営者や上層部と意思の疎通=コミュニケーションを密にとって、何かあったらすぐに適切な判断と的確な行動を迅速がとれるように準備しておくことが一番重要なことだと思います。危機管理広報はその企業が扱う製品や分野によって大きくその準備と対応が異なりますが、基本は上記に述べてきたこととなります。自社の商品をキラキラ美しくPRする一方で、備えあれば憂いなし、考えられるリスクを想定し、準備しておくことが重要ですね。