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「凪の島」と白壁の町並み
映画「凪の島」
先日、映画「凪の島」を観ました。
~ あらすじ ~
両親が離婚し、母の故郷である山口県の瀬戸内にある小さな島で暮らすことになった小学4年生の凪(なぎ)。母・祖母と一緒に、島唯一の診療所で暮らしている。普段は明るく振る舞う凪だが、暴力を振るうアルコール依存症の父の姿から心に傷を負い、時々過呼吸になってしまう。そんな凪を、温かく受け入れてくれる島民たち。同級生や担任教師、用務員、漁師。彼らもまたそれぞれ悩みを抱えながら生きていた。凪も彼らを支えようと奔走し、一歩ずつ笑顔を取り戻していく。
あらすじのとおり、登場人物それぞれが様々な問題を抱えながらも、時に逞しく、時に支え合いながら生きていこうとする真摯な姿が印象に残りました。特に、
○ 瀬戸内の海と島々の情景
○ そこに暮らす人々の心
○ 主題歌「透明な」 - キトリ -
の3つが、大変美しかったです。
ロケ地①:笠戸島(下松市)
この映画のロケ地となった笠戸島(かさどしま)は、星降る伝説のある下松市(注1) の南西にある三日月形の島で、全島が瀬戸内海国立公園となっています。
(注1) 推古天皇の時代となる595年、青柳浦(あおやぎうら)と呼ばれていたこの地の老松に大きな星が降りかかり、七日七夜の間、目もくらむばかりに光り輝いたことから、星が降(くだ)った松という意味で下松(くだまつ)と呼ばれるようになった
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かつて、平清盛が厳島神社を現在の宮島に置くか、この島に置くかで悩んだという逸話があり、島の名は「厳島の明神が笠を置いた」という伝説に由来するといわれています。
現在、1,000人ほどの人が暮らすこの島は、人口減少に伴って閉校が相次ぎ、2014年までに島から小中学校が消えてしまいました。
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(Photo by ISSA)
凪の担任の瑞樹(島崎遥香)が、瀬戸内の海をバックに「瀬戸の花嫁」を歌うのですが、こういうウェディングもノスタルジックでいいなあと思いました。
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ロケ地②:白壁の町並み(柳井市)
映画には、笠戸島から20kmほど東にある柳井市も出てきて、瑞樹と漁師の浩平が町の一角でデートするシーンがあります(上の写真の右下)。
柳井は室町時代から瀬戸内の良港として栄え、江戸時代になると岩国吉川藩の干拓事業により、古市金谷(ふるいちかなや)地区の南側の海が埋め立てられて、現在の柳井川が出来上がりました。
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(Photo by ISSA)
商家の近くに船着場が設けられたことで、商業は益々盛んになります。一時期は「吉川藩(きっかわはん)の御納戸(おなんど)」などと呼ばれ、その後の岩国錦帯橋の建設においても重要な役割を果たしたそうです。
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この古市金谷地区は現在、「白壁の町並み」と呼ばれています。この町並みは単に当時の地割を伝えるのみならず、建物自体が本瓦葺の二階建て、漆喰壁の大壁造で統一(注2) されており、1984年には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。
(注2) それまで、度々火事に見舞われたことから、次第に本瓦茸で大壁造の現在の姿に変わっていったという
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(Photo by ISSA)
地元の方には少々失礼な言い方になるかもしれませんが、いつ来ても人が少なくて、ゴミゴミしてないのがいいですね。(^^;
あと、柳井には「金魚ちょうちん」という郷土民芸品があり、白壁の町並みにいつもぶら下がっています。
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(Photo by ISSA)
柳井の「金魚ちょうちん」のルーツは、青森の弘前城下で生み出された「金魚ねぷた」と言われています。江戸の後期、柳井は遠く離れた津軽とも船を使って交易しており、西回り航路の回船で柳井にもたらされました。
この頃、商人だった熊谷林三郎(くまがいりんざぶろう)が柳井の伝統工芸技術を活用して金魚ちょうちんの原型を作ったとされ、このちょうちんが地域に根付いたことで、現在のような金魚ちょうちんを軒下にぶらさげた白壁の町並みが出来上がったという訳です。
毎年8月13日、柳井金魚ちょうちん祭りでは、白壁の町並みの各所に明かりを灯した金魚ちょうちんが飾られ、他では見られない風情溢れる夏の景色が広がります。
風が吹くと、手足がバタバタと動き、たくさんの金魚が一斉に風上の方を向くので、良く考えられたものだなあと関心します。全国民芸品番付でも上位にランクされるなど、何というか、とにかく独特の愛嬌があって、とてもかわいいヤツです✨
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(Photo by ISSA)
さて、白壁の町並みを散策するときは、先ず、しからべ学遊館から訪れてみてください。町の成り立ちから、伝統工芸品、作家・国木田独歩(くにきだどっぽ)(後述)の資料などが多数展示されており、この町の生い立ちを知ることが出来ます。
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(Photo by ISSA)
柳井駅に通じる大通りの一角には、柳井市町並み資料館があります。元々、周防銀行本店として1907年に建築された近代建造物で、当時の銀行の重厚な姿を今日に伝える、日本でも数少ない建物といわれています。
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その向かい側にあるむろやの園は、西日本で有数の油商人の屋敷です。この家は商売人として成功した後、領主であった岩国吉川藩にも多額の献金を行ったことで武士の身分を得ました。屋敷は入り口から縦長になっており、奥行きはおよそ120mもあり、総面積は800坪(注3) になります。
(注3) 国内に存在する町家の中でも、トップクラスの大きさになるという
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町の中ほどで少し路地裏に入ると、現役の醤油蔵である佐川醤油店があります。地下深くから汲み上げた伏流水を使用し、昔ながらの三十石(こく)(約5,400リットル)の大桶を使った醸造法を受け継いでいます。
店の奥にある醤油蔵は甘露醤油資料館となっており、高台から熟成中の甘露醤油(注4) をガラス越しに見ることができます。
(注4) 完成した醤油に再度、麹を加えて仕込んだもの
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少し離れた住宅地には、文豪・国木田独歩の旧宅が残されています。独歩は、裁判所勤めだった父の転勤で幼少期に山口に越してきて、19~23歳の一時期、柳井に住んでいました。その間、柳井を舞台にした作品(注5) を作りました。
(注5) 「置土産」という作品では、柳井名物の三角餅(みかどもち)を紹介している
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独歩は、19歳で兵隊を志願したものの、検査で不合格となります。その後、国民新聞社に入社し、22歳の頃、日清戦争の従軍記者として軍艦「千代田」に乗り込みました。この時の記事は弟に宛てた書簡風の文章で綴られ、後に「愛弟通信」として出版されました。
1894年創業の文具屋さん「木阪賞文堂」や、お隣のカフェ「やないろ」の入口をくぐれば、そこには昭和レトロ風の懐かしい空間が広がっています。
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下:カフェ「やないろ」
(Photo by ISSA)
白壁の町並みは、転勤族の私が、この地域で最も気に入った場所のひとつです。近くにお越しの際は、是非、訪れてみてください。
おわりに
山口県の方言には、「うれしく思う」、「幸せが増す」 などを意味する「幸せます」という言葉があるそうです。
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下:ほたみ珈琲のドリップコーヒー
(Photo by ISSA)
瀬戸内の人々が幸せなのは、一人一人が重要であることを認識しやすい小さなコミュニティの方が、本来、人に備わっている純粋で優しい心持ちを発揮しやすいからなのかもしれませんね。
転勤族の私は、これまで日本海、東シナ海、太平洋、インド洋から南極海に至るまで、本当に色んな海を見つめてきましたが、瀬戸内ほど穏やかな海は無かったと思います。
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(Photo by ISSA)
また、当たり前のように別れの時がきて、一抹の寂しさが込み上げてくるものですが、この地で美しい情景や人々の心とめぐり逢えたことに、心から「幸せます」という感謝の気持ちを表したいと思います✨