#56 彼女の話
彼女はいつも白いシャツか、生成りのブラウスを着ている。
ブラウスと言ってもフェミニンなものではない。もしかしたらメンズかもというくらい無骨なデザインを好んで着ている。おそらく大量生産のものではない。いい生地で丁寧に作られているものなのだろうなということは素人のわたしでもわかる。いつも清潔感があり、背筋がシャンとしている。髪は黒髪のベリーショート、ツヤ感があるのにさらさらなのだ。
本人はブランドに疎く、買い物はあまりしない。たまに都心に出たついで、ふらりと立ち寄った店で「これいいね」と値段を見ずにえらぶ。こだわりがあるわけではないけれど、自分に似合うものを知っている。
「値段を見ずに買う」と言ったが裕福なわけではない。個人経営で小さなお店を営んでおり、いつもそこでお客さんを待っている。ただただ待っている。お客さんがゼロの日があっても気にしない。たまに来る常連のお客さんと会話をし、人との化学反応を楽しむ。相手をあるがままに見ている。本人はそんなつもりはないのだろうけど、相手に合わせないからこちらも心地よい。お客さんの数は多くはなさそうだけどリピーターが多いようだ。お店には猫もいる。
服の話に戻ってしまうのだが、会うとだいたい見たことのある服を着ている。たくさん持つよりも、丁寧にお手入れをし長く愛用するのが好きらしい。聞けば、食事も一汁一菜の質素な食事を好んでいる。「食べないほうが調子がいい」と。
賃貸アパートに住んでおり、小ぢんまりとしているが工夫された導線、選び抜かれた雑貨がそこかしこ。家族3人でコンパクトに暮らしている。
欲がまったくないわけではない。
一緒にごはんを食べるときは「美味しいもの食べようよ」と年相応のところに行ったりもするし「デザートも食べちゃおうか」と楽しそうにしている。メリハリが大切なのだろう。
「ずっと絶え間なくたくさんある喜びと、すこしだけたまにある喜びは、たいして変わらないのよ」と言っていた。
家族のことを、こよなく愛している。人のことだから、うまくいかないこともたくさんあるようだけれど、それでも淡々と自分の役割を見極めて生きている。欲はないけどべつに無欲でもない。ただただあるがまま、自然と調和して、周りに豊かに愛を込めてに生きている雰囲気がして一緒にいると安心するのだ。