ほどよい名字
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
今年は去年より少し多く文章を書いていきたいところです。
さて、年の瀬に『M-1』での令和ロマンの「名字ネタ」を見ていて思い出したことがあった。
M-1に先駆けること11月頭、友人とZOOM飲み(と言いつつ誰も飲まない)をしていたときのこと。
友人Aと友人Bの二人は、わたしの結婚を祝ってくれたわけですが、そこで「名字トーク」を繰り広げていたわけです。切り出したのは友人A。2人とも女性で既婚者、名字を夫姓に変更しています。
友人Aの旧姓は「い」から始まり、結婚して「と」始まりの名字へ、
友人Bの旧姓は「す」から始まり、結婚して「あ」始まりの名字へ、
わたしの旧姓は「な」から始まり、結婚して「し」始まりの名字へ。
まずは50音順でいう、令和ロマン・くるまも話していたことだ。
「あ」行姓は学校生活の中では「マジでない」、という経験者友人A。自己紹介はいつも最初の方。かといって彼女にとっては終盤の「わ」行姓もいただけないという。授業内の発言で終盤に差し掛かっては「もう言うことがない」のだそうだ。少子化の時代だから、友人Bのお子も出席番号1番の可能性あるね~なんて話していた。
じゃあ、友人A、「い」から始まる姓から「と」から始まる姓になってよかったじゃないの、クラスでは中盤よ、と思うじゃないの。
50音順だけじゃない、次は、名字の難易度(?)だと彼女は言う。
平凡だった旧姓から突如として6文字の珍しい姓になった友人A。これがどうもいただけないらしい。よくある名字からよくある名字への変化や、珍しい名字から珍しい名字への変化は受け入れられる。でもよくある名字から珍しい名字への変化は受け入れられないのだという。一回で名前を覚えてもらえなかったり、聞き返されたりするのが億劫なのかもしれない。
「平凡なのがわたしなのに」
みたいなことさえ言っていた気がする。気のせいか。
わたしは、比較的珍しい旧姓だった割に、クラスの中でも真ん中に属していたし、そもそも名字へのこだわりがなく、名字について考えたことはあまりなかったと言える。結婚するときも、ユーミンやひびのこずえが結婚して名字を変えたことに潔さを感じ、憧れすら感じていたくらいなので、もろもろの名字変更手続きは本当にヤキモキしたけれども、名字が変わること自体への抵抗はあまりなかったのだ。姓に関しては割と旧式の考えの持ち主なので、結婚することで名字が変わることに抵抗のある女友達の話を聞くのは結構新鮮だ。
ちなみに、友人Aからするとわたしの旧姓→新姓への変更は、50音順的にも、難易度的にも「ちょうどいい」という話だった。
名字ひとつとっても、考えはひとそれぞれ、面白い。