トイレマーク考
この記事は7000字程度と少し長いです
ピクトさんとの出会い
〈TP~栃木県・宇都宮大学 地域デザインセンター~〉
TP・・・テーマピクトグラム
私としてはタイトル通りにさっそくトイレマークの話をしたいところだが、その目にピクトグラムの話をしなければならない。
私たちの日常生活の中では大勢のピクトグラムが文句も言わず働いている。
街で見かける彼らには毎日とても感謝しているが、急いでいる時、青信号でピカピカ点滅している男性ピクトグラムに怒りを覚えたことが1度でもあるのはどんな人間でも共感するところだろう。
信号機、非常出口。。。etc. 活躍の幅が広すぎる彼らはどんなシチュエーションにも自身を溶け込ませてくる。
日本にピクトグラムが広まったのは、1946年の東京オリンピックが始まりだ。大量に来日する選手、報道関係者、観光客をスムーズに誘導するツールとして導入された。
特定の言語を使う人だけを特別扱いせず、どのような言語を使う人でも等しく理解できるような方法はピクトグラムのみであるだろう。
その後、ピクトグラムは社会に広まったことでより画一的な規格が求められ、JISの制定が始まり、国際的にもその動きが強まった。
世界中と繋がる時代に、ピクトグラムは言葉の壁を超えるコミュニケーションツールとして新たなユニバーサル言語と言えるだろう。
私とピクトグラムとの出会いは小学2-3年生頃(2011-2012?)だったと思う。
スマホが子供たちに普及していた時代ではなかったので、実家に自由に使えるパソコンがあったことが大きな誘因であった。自分がネット文化や機械に多少明るいのはこのおかげなので、小さい私に自由にインターネットにアクセスさせてくれた親にはとても感謝している。
きっかけは忘れたが、パソコン上での脱出ゲームにハマっていた私は、「脱出ゲーム 無料」などと検索してヒットしたネットゲームを飽きもせず永遠とプレイしていた。
このnoteを書きながら十数年ぶりに当時遊んでいたサイトにアクセスしたが、懐かしいUIや作者の名前が今でも健在していることに嬉しさを覚える。
多くのオンラインの脱出ゲームは、画面の中でいろいろな場所をクリックしたりドラッグしたりしてアイテムやヒントを集めて用意された謎を解き、その場所からの脱出もしくは課題のクリアを目指すといった構成である。
私が遊んでいたその時代を過ぎた頃から、SCRAPのリアル脱出ゲームが流行りだしたし、TBSではリアル脱出ゲームTVというドラマも放送されていて、そういった謎解きコンテンツが爆発的に広まった。流行を追うのはあまり得意ではないが、意図せずも流行りに乗っかっていたわけだ。
数ある脱出ゲームの中でも、私のお気に入りだったのが「ピクトさんをさがせ!」シリーズだった。
ピクトさんをさがせ!という脱出ゲームは、非常口がある事を示す、緑色をしたピクトグラムの人型をピクトさんと呼び、様々なシチュエーションの中で隠れた10人(匹……?笑)のピクトさんを見つけ出すというシンプルなものだ。
多くの人はこのマークに特にお世話になったことはないだろうし、お世話にならないことを願いたいものだが、ある程度の年を重ねた人は誰でも知るものだろう。
実はこのピクトさんは、消防庁からサイズ、色相、光度などを細かく規定されている。特徴的な緑色は、火災時の赤色の炎の中でも視認しやすい補色であるからなのだそうだ。当然だが飾りでつけているものではない。
観光地だからと言って耳をつけてみたり、ごきげんな色にしてはいけない。
なぜ今、トイレマークを見るのか
〈TP~東京都・新木場駅~〉
海外旅行に行った人間がまず初めに何という言葉を知らなければいけないか。
「トイレはどこですか」
そこまでは言えなくとも、「トイレ」だけでも知らなければ未達の地で生きる難易度が爆上がりする。
ようやくトイレを見つけてもさらなる問題が発生した。
男性用と女性用、どちらなのかがわからない。
WomenとMen。
МужскойとЖенский。
nữとnam
どちらに行けば問題ないのか。
さあ困った。
・
・
・
こんなシチュエーションは決して絵空事ではない。海外に行くことはないにしても私たちに起こり得る。
こんな状況ではユニバーサル言語であるピクトグラムが有効である。言葉がわからなくともトイレの場所や種類が一目で理解できる。
トイレを表すピクトグラムは数あるピクトグラムの中でも必要度合いと必要頻度が圧倒的に高い。
トイレのピクトさんは毎日のように触れる存在であり、特別触れる存在ではないものでもある。
1日1回もトイレに出向かない人なんていないと信じているが(病気等特殊な場合を除けば)出先のトイレのピクトさんには大変にお世話になっている。
何なら毎回挨拶してお中元も欠かさずでもいいくらいだ。
こんなにも身近な存在であるピクトさんは報われる機会が少ない。
設置されるときには建築家や施工会社に気にかけてもらえたのだろうがその後はなにもない。
ピクトさんも人間(型)だ。さみしくなることもあるに違いない。
彼らにちょっとした好奇心を向けてみることで、彼らの孤独が小さくなり、私たちの生活も少しだけ色づいたものになるのではないだろうか。
少なくとも私は出先でトイレマークが気になってしょうがなくなってしまった。
このnoteではそんなピクトさんをさまざまな角度から紹介していく。
分類してみる
〈TP~福井県・タケフナイフビレッジ~〉
細々とトイレマーク集めをしていても、何十か所と集めると何かしら規則性が見えてくるものである。この章では、少ない私のコレクションからではあるが8種類紹介していく。
①基本のき。JISタイプ
いちばん多く見かけるのはやはりスタンダードなJISで規格されたトイレのピクトグラムだろう。それだけあってどんな辺境の地でもすぐトイレを見つけることができる。
場所によって色を変えたり形を少し崩したりとスタンダードながら意外とオリジナリティを出していることが多い。
②古き良き時代を感じるレトロタイプ
数十年前からあるような古い建物によく見るタイプだが、マークが昔からあるのかはわからない。
レトロタイプは何種類もあるが、個人的に上記のピクトグラムをチューリップ型と呼んでいる。意外と多い。
③ここはトイレか?観光地タイプ
トイレのピクトさん集めをする一番の醍醐味はやはり観光地の工夫が凝らされた個性大爆発のマークを見ることだ。
それぞれの場所に由来するシンボルと組み合わせたトイレマークは時に日本人でも少し考えないと男女どちらかわからないほどである。
④どんな人でも。ダイバーシティタイプ
海外の人が良く訪れる施設に多いのがこれ。
姿形や色が様々なピクトさんがいる。人型という条件の中でもバリエーション豊富に表現されている所が興味深い。
⑤トイレに急げ!漏れそう!!タイプ
珍しそうにみえて意外と多いのがこのタイプ。
切迫感が伝わってきて漏れそうじゃないのに漏れそうになってくる。そんなときにトイレ待ちの列が長かったらかなり絶望しそうだ。
しかし、この章のTPでも紹介した車いすの漏れそうタイプはなかなか珍しいので見かけたらぜひ写真を見せてほしいところ。
⑥品のある高級タイプ
ホテルやレストランでよく見かけるのが、線が細く高級感のあるピクトさん形はもちろん金属光沢が美しいものも多くみられる。
遠くからみてトイレとわかりにくくはないかと心配するが、高級レストランを利用する方々はトイレに急ぐことはめったにないのだろう。知らんけど。
⑦作り手の暖かさを感じる手づくりタイプ
これは以外にも個人の店よりも公共施設に多いと感じる。これは駅のトイレだが、三角や丸などの簡単な図形を組み合わせて女性用トイレを表現している。
駅員さんが作ったのだろうか。ズレた図形がいい味を出している。
⑧現代にいきるピクトさんタイプ
東京の新しい建物にいるピクトさんはなんだかピカピカ光っているものが多いような気がする。NEO TOKYO感があって現代の若者が集まる場所などによく合うと感じる。
日本の明るい未来を隠喩しているのかもしれない。
いかに多様なトイレのピクトさんがいるかということを知っていただけたと思う。
他にこんなジャンルがあるのでは!と気づいた方はぜひご連絡いただきたい。
ユニバーサルデザインとピクトさん
〈TP~びっくりドンキー~〉
バリアフリーとユニバーサルデザインという考え方がある。
つまり、誰もが生きやすくなる社会をつくるために、よりよいデザインを考えていこうということだ。
公共の場に設置してあるトイレは様々な特徴を持った人が利用するというのは想像に難くない。
小さな子供、赤子を連れた人、男女別のトイレが使いにくい人、特殊な便器を使いたいひと、狭いトイレが使えない人。
誰もが生きやすい社会には、誰もが使いやすいトイレが必要不可欠だ。
トイレ空間自体も多くの工夫がなされたモノが出てきているが、ここでは、トイレの案内表示からユニバーサルデザインを考えてみることとする。
誰もが使いやすいトイレにするには、まず様々なトイレが必要であり、それがあることを示すピクトさんが必要だ。
JISではトイレ表記に関して男女に加え、
車椅子ピクトさん(障害がある人が使える設備)
こどもお手洗
オストメイト用設備
洋風便器
和風便器
温水洗浄便座
介助用ベッド
ベビーチェア
着替え台
おむつ交換台
等が用意されている。
昨今は女性用トイレにしかおむつ交換台がないことが問題に揚げられる事があるが、それだけではなく上に上げたような設備が誰でも気軽に利用できる世界になってほしいと思う。
マークそのの種類だけではなく、色形にも注目していきたい。
まず、色に関して、日本では一般的に赤は女性で青は男性というイメージが定着しているが、(これはなぜなのか調べ切れていない)
海外ではそもそも思い浮かぶ色が違うことがある。
更に、一部の色弱の人にとっては色の見分けがつかず、形のみで判断することになるようだ。
今まで私が観察してきた中でも赤青以外の色が使われていることが多々あったが、直感的に利用することができず、一度立ち止まって考える時間があった。
使いやすさとわかりやすさのバランスを考えることが重要であろう。
次に形であるが、文化や歴史を知らなければ理解しずらいマークが存在する。
特筆すれば、和服や歴史上の人物が出てきたり、ピクトグラムではなくその場所で有名なもののイラストだったりとトイレの利用が一般常識に頼るものであることが多々ある。
スタンダードなピクトさんも注意が必要である。
日本のマークは男性は肩幅が広く、女性はスカートを履いているという様式が一般的だ。
あくまでも日本にあるマークであるため、細かすぎるとこまで配慮せずともいいとは思うが、文化的に男性がスカートを履く国もあるし、肩幅が広い女性もいるし、肩幅が広い人の方が発言に説得力が増すので、もしかしたらすべてのピクトグラムの肩幅を広くした方がいいのかもしれない。
どんなことでもいえるが、理解や直接の配慮はできずともそういった人が存在することは承知しておくべきだろう。
この件に関しては次章でも、もう少し触れることとする。
アートとピクトさん
〈TP~福島県・デコ屋敷~〉
観光地や資料館などといった個性がきわだつところではアートチックなピクトグラムが多くみられる。一般住宅のような個人の趣向が表れやすい所でも多いのではないのだろうか。
案内表示としてのピクトグラムの役割とは別に、訪れた人がくすっと笑ってしまうようなちょっとしたユーモアを提供してくれている。
また、トイレ上級者にはぜひともピクトさんだけではなく、文字も一緒に楽しんでいただきたい。
「男性」「女性」や「man」「woman」ではなく、「殿方」「奥方」や「長政」「お市」などという場所にまつわる独特な言い回しに感動する。
これは日本の歴史的文化施設に多いが、その他の場所でも見つけてみたいものである。
しかし一方で、公共施設にあるトイレといった福祉的な場所については、オリジナリティをアピールするよりももっと画一的な案内表示にしていくべきだと考える。
例えば、城址にある公衆トイレでは「殿」「姫」などの文字と共に、着物姿のイラスト(もはやピクトグラムではない)が掲示されている。これでは文字が読めない人や日本の文化がわからない人にとっては何が何だかわからない。このような状況は早急に解消されていくべきなのではないか。
誰もが使いやすいトイレのために案内表示ではなく、トイレの外装や内装など別な個所で個性を出していくのが得策だと思う。
街を見渡す
〈TP~東京都・渋谷区東三丁目公衆トイレ~〉
東京都渋谷区に興味深い取り組みがある。その名もTHE TOKYO TOILET。なんともおしゃれな響きだが、実態は公衆トイレの改修プロジェクトだ。
少し前に、透明な壁がトイレの中に入ると曇って安心して用を足せるというトイレが流行ったことを覚えている人はいるだろうか。あれがこの取り組みの1つだ。
清掃は1日3回行う通常清掃、1カ月に1回行う定期清掃、年に1回の特別清掃と3種類も行い、ジャパニーズきれいなトイレを保っている。
さらに、月に1回トイレ診断士の診断を受けるという徹底ぶり。多分私より健康的な毎日を送っているはず。
スクランブル交差点をスマホを見ながらだらだら渡る、刺激に飢えた若者たちに渋谷区トイレ巡りという新たな遊びを提案したい。
(ちなみに私は1日で7か所の公衆トイレを巡りました。意外と大変)
おわりに
路上観察界隈なるものが存在する。
道を歩いていて、ふと目に留まったもの。特別なものでなくてもいい。小さな違和感を覚えたものは誰かに共有したくなる。
なにとなくそういった頭で日々を見ていると、気になったものにだんだんと規則性が見えてきて脳内コレクションが始まった。
出かけるときはスマホを持ち歩くもんだから、気になったものを写真にとった。ただ撮っただけでは過去に埋もれてしまうし、もっと多くの人に見てもらいたいという欲があったからInstagramでアカウントを作って記録してみた。
そうすると、思っているよりも同じ感性を持った人がいる事に驚く。
トイレマーク
通学用自転車ステッカー
ガラスブロック
キリスト看板
定礎
電球看板
顔に見えるもの
日焼けして色あせてしまった飲食店のメニュー看板
街なかの誤った漢字
路上バリケード
道路上でまがっている「止まれ」
インプラント看板
もう、、、上げればきりがない!!!!
ここまで多くのアカウントがあると、どれだけ他人とは違った着眼点を持てるか選手権でも開催されているのかと思った。
ちなみに、トイレマーク収集家は既に何人も見つけている。
生活を面白くするまではいかないけれど、
周りを見れば楽しみが増える。
音楽を聴きながらぼーっと歩いたり、目的地へ一直線に急ぐ自転車もいいが、周囲を見て何かないかなとキョロキョロしながら生きてゆくのも素敵な事ではないか。
参考文献
・本田弘之・岩田一成・倉林秀男(2017)『街の公共サインを点検する』大修館書店
・井上智義(2015)『ピクトグラムによる、わかりやすいメッセージの伝達』
・総務省消防庁(2019)『誘導灯及び誘導標識の基準』
・国土交通省 / バリアフリー・ユニバーサルデザイン 案内用図記号
・交通エコロジー・モビリティ財団 / バリアフリー推進事業