「私たちは消された展2020」を見てーー芸術とエログロの境界はどこにあるのか
Twitterでたまたま知った展示に仕事の合間で行ってきた。
「SNSでセンシティブな内容として判断され、垢バンをはじめ、凍結や強制削除になった作家による合同展示」と聞いて、怖いもの見たさ半分、公私ともにクリエイティブに携わる人間として見ておきたかった。
主な展示内容は写真で、裸体を取り扱う作品が多い印象。
いやらしさがないものもあるし、あえて全面的にエロさを打ち出しているものもあるし、多種多様だなあと思いながらぐるぐる見て回った。
全部撮影OK、SNSへの投稿も自由なんだけど、垢バンされるのが怖いので投稿は避ける(ヘッダーはギリギリ許されそうな写真にした)
ちなみに気づいたらまあまあな枚数が、私のカメラロールに保存されていた。友達には見せるかも。
全部素敵で心にくるものがそれぞれあったけど、全部は語りきれないので特に印象的だったものを3つだけ。
過去にレイプ経験がある女性作家のプロフィール。
「リベンジポルノに怯えてたけど、それなら自分が先に脱いでやると『リベンジリベンジポルノ』を始めた」「晒される前に自分で晒してやる」って言葉にくらっとした。
自分の生き様は自分で決める。自分の体は自分のもんだ。
そう言い切るのって覚悟がいるし、思ってても行動に移せないから憧れる。
わがままかもしれないけど、そのスタンスに自ら殺されないで共存する様をずっと公開してほしいな。
お互い自分を大切にして生きていこうね。
便器と自分が放尿する写真と一緒に添えられた短歌。
言葉を出すことって、人によってはある種生理的現象なんだろうな(私はそっちのタイプ)
「食い物も今宵の寝床も無くとも空見上げれば真ん丸の月」が一番好きな歌だった。
写真の対象の汚さと言葉のすんだ感じのギャップがヒリヒリした。
思わず歌集を買ってしまったので、時間ができたらゆっくり読みたい。
死体写真家の方が撮ったちぎれた手首の写真。
写っているのが本物なのは間違いないが、よくできた特殊メイクみたいだなって思ってしまったことにゾッとする。
日常に溢れるフェイクに私たちは慣れすぎているのかもしれない。
真っ白で綺麗な手の先は、何を握るためにあったのだろう。
ちぎれてしまった場所は何とくっついていて、どんな動きをしたんだろう。
こうやって私がキーボードを書いている時も、どこかで他人が死んでいる。
当たり前のように生きていることが逆におそろしいことだと思った。
エログロと芸術の境界線は正直ないと思ってて、見る人と作る人の心情によると個人的には考えている。
私自身、作品の中でセックスの話や性癖についてのシーンを芸術の一環として厚く描くこともある。
規制するからには明確な指針が必要だと思うが、その指針で二分化できるかって言ったらそうじゃなくて。
発表する場所が限られるのはクリエイターとして不本意だけど、作品のコンテキストが共有できる場に限るのかなあとも感じた。
ただ、ひとつ断言できるのは展示作品が全て真面目に「芸術をつくる」という観点からできたものだったということ。
ふざけたところなんて一個もなくて、本気で魂削って作っているなと感じました。
(ふざけた作風のものももちろんあるが、それは「本気でバカをやる」ってスタンスなので上記には当てはまらないと思う)
平日のお昼どきだったこともあり、ギャラリー内には私と同行者、在廊している出展者の方しかいなかった。「今の時間はラッキーですよ、結構混むので」と受付で言われたので、夕方〜夜にかけては結構満員だったのかも。
今週末までは開催しているみたいなので、もしも時間があったらもう一回ひとりでゆっくり向き合って見たいと感じた。
私たちは消された展2020
2020年2月3日(月)から2月9日(日)
2/3 14:00-19:00 17時からオープニングパーティー
2/4 11:00-19:00
2/5 11:00-19:00
2/6 11:00-19:00
2/7 11:00-19:00
2/8 11:00-19:00
2/9 11:00-18:00 15時からクロージングレセプション
神保町ギャラリーCORSO
東京都千代田区神田神保町3-1-6日建ビル3階
地下鉄神保町駅A1出口から徒歩1分
地下鉄九段下駅6番出口から徒歩3分
主催 消された展実行委員会2020
後援 芳賀書店
※入場料は500円
※8-9日はビルの入口が旋錠されているため、入場の際には03-3556-3636まで連絡とのこと
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