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旅に出るなら聖地巡礼(津軽へ)
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
と引用したのは太宰治「津軽」本編冒頭。
出不精で自宅ですべて完結できる人間ですが、たまにどこかへ行くとなったら、「あの小説に出てきた場所にしよう!」という小さなこだわりを持っています。
むかし谷崎潤一郎の「細雪」の舞台の大阪を歩いてみようとしたら思いきり住宅街に迷い込み、ようやく見つけた喫茶店でコーヒーを飲んだだけで終わったという経験もありますが、旅慣れしていない身としてはわかりやすい道程を書いている小説だとありがたいですね。
これは今年の5月に太宰治の「津軽」を携え出かけた私の弾丸旅行記です。
朝8時18分東京駅発、はやぶさで新青森駅まで。ひとりでこんなに遠出するの人生はじめてなので、国内旅行といえどちょっと緊張、東北もはじめてなので不測の事態があったらいけないと気合い入れたら30分以上前に東京駅に着いて暇だった。
にしても朝早くとも働きはじめる人の多さよ。そのぶん帰りは早いんだよね……!? あと修学旅行生とかもいた、見てるとみんな荷物少な! 学生のころってそんなもんだっけ……!?
三時間ほどで新青森駅に到着、はやーい。途中停まる駅が大宮、仙台、盛岡しかなかった。あと新青森、新函館北斗。東海道新幹線を利用する人から「静岡まじ長え~」とつど言われる静岡出身の身からすると、はやぶさの偉業よ。
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うおー!青森だー!とホームに降り立つと、さ、寒!!!!!!!めちゃくちゃ寒!!!!風つめて!!(5月)
東京のノリで思い切り半袖でいたんですけど東北をなめていましたすみません。上着持ってきていて本当によかった。同じ国内とは思えぬ寒暖差、ふつうに冬でした。
ここからさらに「五所川原駅」というところに行かねばならない、次の電車は……一時間後、うんうん、私も静岡の田舎出身、こんなことはよくあります。
駅のなかにあったドトールでホットココアを飲みながら時間をつぶし(冬か)、奥羽線をつかって五所川原駅へ。
入るときの改札はSuica利用できたのですが目的の五所川原は奥羽線ではなく途中で乗り換えて五能線。そこはSuica使えないとのことで切符を購入しました。久しぶりだ切符。
ちなみに「津軽」でもこれと同じルートが書かれてました、太宰の場合は蟹田から船で青森に戻り、そこから奥羽線をつかったようです。
同じ道筋をたどっていると、(太宰治って本当に存在していたんだなあ)という謎の感慨にふけることができます。
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電車乗ったらボタンでドアを開閉するタイプ。電車空いてる~♬と思ってゆったりしていたら、乗車客がボタン閉めてくれていた。あれって乗った人が閉めなきゃいけなかったのかな!?ごめんなさい!!
そして次に川部駅というところで乗り換え、降りるとき緊張した。ボタン押すんだボタン押すんだ……と心のなかで言い聞かせる。形から入るタイプなので、太宰治の「津軽」を持っていって読んでたのですが、なんか、ボタン押しても開かなかったらどうしよ!?と不安で読んでる場合じゃなくなっていた。でも五所川原駅で降りる人けっこういたので大丈夫でした。慣れない土地で仲間がいることの安心感。
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ついたー!五所川原!顔ハメが無駄に多い!ひとりだったのではめることはできませんでした。わたしは観光地の顔ハメ大好き、見つけたら恥を忍んではめてます。いったんホテルにチェックインして斜陽館へ!
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今度は津軽鉄道の五所川原駅から出発。この津軽鉄道も「津軽」に書かれていました。ここからさらに北上します。
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わ~すごい、駅が昔のままって感じで素敵だった。ストーブあった。伝言板も……(今は利用されてるんだろうか…?)切符は厚紙っぽい素材でちょっと固め。硬券切符というんだって。
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お客さん全然いなくて貸切だー!!!とホームで写真を撮りまくっていた。そして電車がきた!オレンジ色の電車…ゆっくりゆっくり近づいてくる……駅員さんが線路に降りて旗で誘導してた。
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電車に本置いてある!!!(でも太宰治の本はなかった笑)GW後の平日ということもあるのでしょうが、本当に人いなくて最高でした。このあと私のほかに一人乗ってきたくらい。
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理想的な車窓の景色すぎて感情が大変でした。田園風景が本当に好きなので……。涙出そうになるくらい景色が美しく……そして人もいない静かな車両……ごとごと長閑にゆっくり進んで…とてもいい。こういう電車だとあれですね、上京してゆく友を走りながら追いかけ「頑張れー!!」ができますね。
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30分ほどで太宰の出身地である金木についた!駅から降りると数十メートル間隔で案内板があったのでGoogleマップをひらく必要ないね! 丁寧なことにお店の窓にも案内が。
この金木に到着した時点で15時くらい、斜陽館のほかにあと一つ、この駅でまわりたいところがあったのですが、16時10分の電車に間に合いたい(電車、一時間に一本程度なので逃すとやばい)、というわけで走った。奇しくも道はメロス坂通りと……。
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ついた~~!太宰治の家かっけえ~!そして二階まであり広い!館内は一部を除き撮影OK、ネットに上げても大丈夫とのことでバシバシ撮りまくり。施設の方「どんどん撮っちゃってください」と鷹揚な感じでほっとする。
ここが金襖の部屋か〜!とか、この部屋で太宰が生まれたのか〜とかひとつひとつの部屋の説明を読みながら順路を進む。楽しい。あとここもとにかく人が少ない、まじで人の写り込みが一切ない。
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太宰マント貸し出ししてたから写真撮ってもらった。頬杖ついたりなどのポーズとればよかったのに恥ずかしさが上回りなんかこんなふつうのポーズ、自分よ、旅の恥はかき捨てだぞ、恥の多い人生でよいではないか……。
そして撮影禁止なのは太宰治にかんする資料などの展示部分。直筆の手紙や原稿、川端康成へあてたかの有名な手紙、家財や下駄など太宰ファンにとったらここが宝島か?となる展示の数々、斜陽館たいへんおすすめです、時間の兼ね合いで観ることができませんでしたが、ムービーも流していたよ。
そしてもうひとつ、私が見たかったのが新座敷!
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斜陽館とは数百メートル離れてるんですが、もともとは土地が繋がっていたようで、それを考えると太宰の家めっちゃくちゃ広い、お金持ちの家だったんだもんね……とはいえそんな家が好きではなかった太宰、作品でもたびたび語られておりますね。といった話を詳しく教えてくれた館内のお兄さん。例によって客がわたし一人だったからか、ひとつひとつの部屋の説明をしてくれて、「ここがあの「思い出」に出てきていた座敷で、この襖から嫂をこう、ちらっと見たんですねえ……」などめちゃくちゃ太宰の作品好きなんだろうな…と思わせる語りを披露してくれてありがとうございました。
情景を知るのと知らないのでは、作品を読む楽しさもまた変わってくるよね! 実際、「津軽」を読み直しながら移動していたのですがもっと好きになりました。「思い出」も読み返そう。
ここも写真OKなんですが、動画は禁止になったとのこと。どうやら勝手にここで生配信とか始めちゃうユーチューバーが過去にいたらしくお兄さんが困っていた。もしも太宰がいたら自分の家を生配信する人間をどう思うのだろう、やはり無粋だと思うのだろうか、「君、お願いだから何処かへ行ってくれないか。」とか言うかもしれないね。
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ここで太宰は執筆をしていたのこと。と思うとやっぱり感慨深い。「ここに座ると文章が上手くなるといわれていて……」とお兄さん、「座ってください!写真も撮ります!」とこちらが頼む前に言ってくれる。な、なんてサービス精神旺盛なんだろう、ひとり旅にはとても助かる……。
関係ないとは思いますが、ここに座って写真を撮ってもらった後、小説の賞の最終候補に残ったと連絡をもらい受賞できました。太宰治にあやかった…!?
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正面、左右、斜めからなどいろんな角度から撮ってくれて、見返したら10枚くらいあった。さらにポートレートモードとかも使ってくれていて笑う。本当に、ぜひ楽しんでいってね!という雰囲気全開で、とてもいいなと思った。
あとこれは偶然だったのですが、太宰が「津軽」を書くためこの土地に取材にきたのが5月上旬、まさしく5/21に金木を訪れていたとのこと、1944年から2024年、80年越しに自分が後に書く「津軽」を持って生家が見たいとやってくる当時のあなたと同い年の女がやってくるなんて考えもしなかったでしょう、と考えるととても不思議でよくわからなくて、どちらかというと「お、同じ日ですよ!!!」とお兄さんのほうが興奮していた。
そして無事に電車に乗ることができ次は芦野公園駅。
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金木駅より一駅の無人駅。太宰もよく散歩に来たらしい。
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旧駅舎を利用しているというカフェで休憩、ラストオーダーが16時半ということで、ぜったい電車に乗りたかったのでした。アイスコーヒーとりんごケーキ、やっぱり青森きたからにはりんご! 入ったらわたししかいなくて、もうね~平日最高ですねえ。
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公園。だ、だれもいね~~~! かなり広かったのですが、地元の人すらいね~~~! ここが代々木公園とかだったら大変なことになってるよ。
17時10分くらいの電車に乗るため公園をあとにしました。そして誰もいないといいながら、実は五所川原駅からわたしとまったく同じルートを辿っているであろうおばちゃんがひとりいました(電車の本数が少ないから必然的にかぶる)。無人駅のホームで二人きりになり、勇気を出して写真を撮ってもらった。「電車待ってる風に撮ってほしくて…」「電車待っている風ですね」というやりとりをして撮ってもらった写真。
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ありがとうおばちゃん。やっぱり太宰ファンで斜陽館立派でしたね〜うふふと少しお話しして、帰りは逆方向。わたしが乗る電車がきて、お元気で、よい旅を、ふふふ、と挨拶をしながら乗り込もうと思ったら電車の扉が開かない、そうだった、ボタンを押さないといけないのだった、かき捨てかき捨て……。
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五所川原駅に戻ってきて、居酒屋にふらりと入ったらすごく美味しいお店だった!↑の写真お通しです、お通し!!?(豪華)
というわけでなんとか予定通りに動けて初日終了。
2日目、湖が見たいと思って五所川原駅からバスに乗り、十三湖というところへ出発!
バスで1時間20分くらいかかる道程だったのですが、その間乗ってきた人ほとんどいない。津軽にはとても大きなイオンがあって、たぶんほとんどそこの利用者がバス乗っている感じ、ていうかイオン以外にスーパー的なもの全然なかったけど、あのイオンなかったらいったいどうやって生活すれば……
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中の島公園入り口というバス停に到着!湖は目前に広がっています。そしてバスの本数少ねえ。30分くらいしか滞在できない。
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湖大きかった~!そしてやっぱり人がいない!近くに小さな海の家みたいな売店があって(湖の家?)しじみ汁を飲んだ。おいしい、いっぱいしじみ入ってた。この十三湖はしじみが有名のようで、本当はしじみラーメンが食べたかったのですが、さすがにバスの時間が……。
泣く泣く帰りのバスにも乗り五所川原駅へ戻り、雰囲気のいい喫茶店でカレーを食べ、行きと同じルートで新青森駅へ。無事に帰りのはやぶさに乗り、こたびの津軽旅は閉幕したのでありました。
とにかくどこへ行っても景色がいい。広大で、のどかで、おっとりしていて……。電車やバスから景色を眺めていると、田んぼの水面がきらきら光っていました。あと写真を撮りそびれたのですが、津軽には岩木山という山があり、広い田園の向こうにそびえるその景色はそれはそれは立派でした。岩木山は津軽富士とも呼ばれているのだって。
太宰いわく、「したたるほど真蒼で、富士山よりもっと女らしく、十二単衣の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたようにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮んでいる。決して高い山ではないが、けれども、なかなか、透きとおるくらいに嬋娟たる美女ではある。」とのこと。
じっさいにその景色を目の当たりすると、作品が後年まで残っているという事実に感動をおぼえる。これはなかなかに代えがたいものです。
あと感じたのは、出会う人みんな優しいということ。施設やお店の方、朗らかに丁寧に対応してくれました。十三湖でしじみ汁を出してくれた人は、売店から少し離れているのにバス停のほうを見てくれていて、きっとあれはバスちゃんとくるかな~まだかな~とやってくれていたのだと思う。
ひとりでバス待っているわたしを気にかけてくれていて、なんだかほっとしました。バスがきたときは手を振り合った。
さて長々とここまでおつきあいいただきありがとうございました。最後に「津軽」の末尾を引用してこの旅行記を締めることにします。ちなみに太宰治は「津軽の旅行は、五、六月に限る」と残していました。
「さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」