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メグレ中編「メグレのクリスマス」「メグレとパリの通り魔」

今回はメグレシリーズ最後の中編2編の感想です。
共通点はクリスマスが舞台の物語であること、物語のメイン舞台が異色ということになります。


メグレのクリスマス Un Noël de Maigret(1950)

あらすじ
クリスマスの朝、メグレ夫妻の住居の正面にある建物で起こった不思議な事件。
夜中にサンタクロースが少女・コレットの部屋へ忍び込み、プレゼントを渡した後に床板に穴をあけていったのだ。
マドモアゼル・ドンクールに無理やり連れてこられたコレットの叔母・マルタンから話を聞いたメグレ。
外の調べは部下に頼んだメグレは、自らコレットに会いに行く事にした。


紹介と感想
メグレ夫妻の暮らしぶりやメグレ夫人との交流がメインの物語です。
メグレ夫妻が好きな人は、読んだ方が良い話しと言えます。

主な舞台はメグレの自宅と、マルタンの家になりますが、メグレの部下の活躍も挟まれているため、レギュラーキャラクター好きにも楽しめます。

クリスマス的な雰囲気で始まった話は、終わってみればいつも通り人間の欲深さを描いていました。
そんな中、純粋で明るいコレットは、出番は少ないながらも明るい色を加えてくれました。

物語の最後、メグレ夫人への一時のクリスマスプレゼントは、喜びとともに悲しみも感じさせます。
メグレシリーズらしいクリスマスストーリーとして面白かったです。

「もう起きてらしたの!」
 彼女は髪を結い、明るいエプロンをつけ、まったくはつらつとしていた。
「わたし、あなたにベッドで朝食を食べさせたかったのに!」
 それは彼にとってはよろこびではないし、かえって不快で、病人か、からだの不自由な人間のような気がすると、もうなんど婉曲に彼女にいいきかせたかわからない。だが、彼女にとっては、ベッドでの朝食は日曜と祭日の理想だった。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ警視の事件簿[1]』偕成社, 1986, p.13
休日に早く起床してしまったメグレにがっかりするメグレ夫人

映像化
ルパート・デイヴィス主演(英) ※日本未紹介
 シリーズ2 第10話「A Crime for Christmas」(1961)

ジーノ・セルヴィ主演(伊) ※日本未紹介
 シリーズ1『Le inchieste del commissario Maigret』
  第3話「Un Natale di Maigret」(1965/全1回)

ジャン・リシャール主演(仏)
 第60話「Un Noël de Maigret」(1983)※日本未紹介


メグレとパリの通り魔 Sept petites croix a'ans un carnet(1951)

あらすじ
パリ市内では連続殺人と思われる殺しが8件も起きていたが、クリスマスに大事件は起きず、中央電話交換室にも微睡んだ空気が流れていた。
アンドレ=ルクールは、クリスマスにもいつも通り夜勤を行い、他の人の勤務も引き受けたため、そのまま日勤に入った。
朝方から、警察救助の警報機が次々と割られる出来事が起きた。犯人のルートを考えると、どうやら一度も分署の前を通っていないらしい。
その後、ファイエという金貸しの老婆が殺されているのが発見され、ジャンヴィエ達が現場へ急行する。
ファイエに会った事はないが知っているルクールは、この事件には弟が関係しているのではと思い立った。
ルクールは、中央電話交換室の中で事件について考え始める。そこに、連絡を受けたメグレも現れ、事件は意外な方向へと動いていく。


紹介と感想
原題がSept petites croix a'ans un carnet(ノートに書かれた7つの小さな十字)であり、この十字を手帖に印しているアンドレ=ルクールを主役として描いた異色作になります。
この十字印は、ルクールが呼び出しの種類ごとに手帳のページに習慣のように印しているものでした。

メグレとジャンヴィエも出ますが全体の出番は少なめであり、物語は視点人物であるルクールの職場、中央電話交換室の中で全編展開されていきます。

同時期に書かれた「メグレのクリスマス」では、サンタクロースと少女をテーマに、正にクリスマスというネタを描いていましたが、今回はクリスマスでも普通に働いている人々を描いていました。

しかし、最後まで読むと間違いなくクリスマスストーリーであり、しっかり子どもも活躍しています。
むしろ、読後感は「メグレのクリスマス」よりハッピーであると言えるかもしれません。

メグレも登場後はずっと中央電話交換室で過ごすことになりますが、中央電話交換室の中でのやり取りを通してクリスマスの朝のパリの街並みが描かれており、展開に単調さはありません。

視点人物をメグレ以外に置いた異色作だからこその面白さがありました。
メグレもの最後の中編にして傑作の一つとしてオススメです。

 どのページにも、小さな十字印しかない。ここ数年間、強制されたわけでもないし、いつか役にたつかもしれないなどと考えたわけでもないのに、彼はこれらの十字印を執拗に書きつづけたのだ。日記をつける人、こまかい出費やブリッジの負けをつける人はいる。
 しかし、この小さな手帳のなかの十字印は、数年間のパリの夜の生活をあらわしている。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ警視の事件簿[2]』偕成社, 1986, p.202
ルクールが自分の手帳を開いている場面より

映像化
ルパート・デイヴィス主演(英) ※日本未紹介
 シリーズ3 第11話「Seven Little Crosses」(1962)

ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第53話「Maigret et les Sept Petites Croix」(2005)※日本未紹介


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

☆10.メグレ夫人の恋人(1939)
☆11.バイユーの老婦人(1939)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆13.殺し屋スタン(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇15.メグレの退職旅行(1938)
〇16.マドモアゼル・ベルトとその恋人(1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

〇23.メグレのパイプ(1945)
☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)
☆29.メグレとパリの通り魔(1951)


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