メグレ警視シリーズ長編09『男の首』(1931)紹介と感想
ジョルジュ・シムノン/宗左近・訳『男の首』グーテンベルク21, 2004(電子書籍)
あらすじ
死刑囚ウルタンは、金持ちの老婦人ヘンダーソンと女中を殺した罪でラ・サンテ監獄に投獄されていた。
刑の執行を待つだけだったある日、脱獄の指示が届いた。
この指示は、自分で逮捕しながら、ウルタンが真犯人とは思えなかったメグレの指示によるものだった。
手筈通り脱獄したウルタン。メグレは、デュフールとジャンヴィエを尾行につけた。
紆余曲折ありながらウルタンを尾けていると、徐々に背後に何者かの意図を感じるようになってきたメグレ。
メグレと真犯人の対決は、心理的緊張の高まりとともにクライマックスへと向かっていく。
本の紹介と感想(ネタバレあります)
初期の中でも代表作と言われている作品なのは知っていましたが、確かに代表作と言われるのも頷けるものでした。
久しぶりに初期作品を読んだので、第2期以降のメグレとは違う初期ならではの筆致が感じられ、真犯人のキャラクター造形もかなり濃かったです。
前半は、ウルタンを尾行しながら、ここまでの事件の流れを振り返るメグレ、ラデック登場後からは、メグレとラデックの息詰まる交流が中心になります。
このラデックがあまりにも強烈な人物造形で、ここも初期ならではの尖り方を感じました。
自尊心と劣等感、社会への憎しみと侮蔑、未来への絶望感を持ちながら、特別な経験には興味を惹かれてしまう、他者とは違う特別感を持ちながら、それを人から認めてもらえないと我慢ができない。
後期のシリーズも印象的な人物は多く出てきますが、もう少し地に足がついている造形の人物が多いような気がしますが、ラデックの分かりやすく尖らせた特徴はあまりにもクッキリと小説全体を支配しています。
ラデックは、哀れみは感じますが、まったく同情ができない人物でした。
彼に目をつけられてしまったウルタンやクロスビーは、あまりにもかわいそうでした。
まあ、クロスビーは少し自業自得な面がありますが、ウルタンはそそのかされなければ忍びこみもなかった筈なのに、ラデックに目をつけられたせいで死刑囚になり、自殺まで図ることになってしまい、一生消えないものを残されてしまったのが本当に辛かったです。
メグレが犯人を罠にかける物理的な動きもあり、メグレとラデックの対決が読み応えのある物語でした。一方的に話すラデックと、沈黙を貫くメグレが描かれる第九章、メグレが謎解きよろしくコメリオ判事にラデックの人物像を長々と語る第十一章は特に印象に残ります。
ちなみに、ジャンヴィエ刑事は今作では二十五歳であり、その初々しさもとても印象に残りました。
映像化作品
アリ・ポール主演(仏)
『モンパルナスの夜』(1933)
チャールズ・ロートン主演(米・仏)
『エッフェル塔上の男』(1950)
ルパート・デイヴィス主演シリーズ(英) ※日本未紹介
シリーズ3 第10話「Death in Mind」(1962)
ジーノ・セルヴィ主演(伊) ※日本未紹介
第1シリーズ『Le inchieste del commissario Maigret』(1964~1965)
第4話「Una vita in gioco」(全3回)
ジャン・リシャール主演シリーズ(仏)
第2話「La tête d'un homme」(1967) ※日本未紹介
第59話「La tête d'un homme」(1983) ※日本未紹介
ブリュノ・クレメール主演シリーズ(仏)
第21話「男の首」(1995)
メグレシリーズ 既読作品リスト
現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。
長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
14.サン・フィアクル殺人事件(1932)
☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)
☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
73.メグレとひとりぼっちの男(1971)
中短編
01.首吊り船(1936)
03.開いた窓(1936)
04.月曜日の男(1936)
05.停車──五十一分間(1936)
07.蠟のしずく(1936)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)
☆20.街中の男(1940)
☆23.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆24.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇25.世界一ねばった客(1946)
〇26.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆27.メグレ警視のクリスマス(1950)