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芥川龍之介 読書記録③(鼠小僧次郎吉/奇妙な再会/藪の中/報恩記/闇中問答/歯車)


鼠小僧次郎吉(「中央公論」1920年1月)

汐留の船宿で盃をかわす二人の男。鼠小僧の話題になり、親分と呼ばれた男が旅の途中に経験した笑い話を語りだす。
江戸を離れた初日に出会った旅の連れと一緒に宿に泊まる。その夜、懐に手を入れられるが、返り討ちにして男を店へと付き出した。
さて、寝付けないし早めに宿を立とうと帳場へ下りようとした時に耳に入った泥棒の話とは…。

題名がそのものずばりだが、出てくるのは鼠小僧には程遠い、勝手に名前を騙り痛い目にあった小悪党、と思いきや…という捻りが加えられていました。
軽く楽しめて、良い気持ちで読み終わることできる小話でした。


奇妙な再会(「大阪毎日新聞夕刊」1921年1、2月)

牧野という男の妾・お連は婆やと二人、本所の横網に暮らしていた。
お連は昔の男・金のことを忘れることができなかった。牧野が現れてから、急に会いに来なくなったのだ。
ある時、白い犬が家に入り込み、昔飼っていた犬に似ている事から家で飼う事にした。
暫くして、犬は亡くなり、お連は塞ぎ込むようになった。その頃から、徐々に不思議なことが、お連の周りで起こり始めるのだった。

様々なストレスから妄想の世界に囚われたお連の物語でした。
妄想に囚われると書きましたが、それはお連にとっての防衛反応だったのだと思いますし、最後に出会った犬は、お連が本当の意味で壊れたり、殺人を犯すなど取り返しがつかない行動をしないように現れたのだと感じました。

ここまで数十篇を読んだ中でも、幻覚・妄想を扱った話が多いのに気付きます。
それだけ、芥川にとって身近なものだったのでしょう。


藪の中(「新潮」1922年1月1日)

ある山陰の藪の中で男が一人死んでいた。名は金沢の武弘。
武弘は真砂と言う娘とともに、若萩へ旅立ったところだった。現場からは真砂は見つからず、後に清水寺にいることが分かった。
犯人として捕まったのは、現場近くで倒れていた盗人の多襄丸。
事件関係者に話を聞いていた検非違使は、多襄丸、真砂、そして巫女の口を借りた武弘から、それぞれに矛盾した話を聞かされる。

『今昔物語集 第二十九巻第二十三話』を元にした、一件の殺人事件を人の証言だけで記す物語です。
ミステリー的に言うとリドル・ストーリーとなっており、真実は藪の中のまま終わります。
それぞれの証言には、明らかに矛盾としか言えない部分が混じっており、殺人を自白しているにも関わらず、その証言にあるのは自分の尊厳を保とうとする人間の心理が見えました。
事件と関係あるなしに関わらず意図的に嘘をつく心理と言うのは、アガサ・クリスティー的でもあるので、個人的にも興味深い話しでした。
代表作の一つとされるのも納得の名作です。


報恩記(「中央公論」1922(大正11)年4月)

盗人・阿媽港陣内は、偶然入った北条屋弥三右衛門の屋敷で主人夫婦の話を聞く。
金に困っているらしい二人の話を聞きながら、昔恩を受けた船頭が弥三右衛門であることを知った陣内は、弥三右衛門の前へ姿を見せある提案を行った。
二年後、陣内はある男の魂の為に御祈りを捧げ、弥三右衛門は懺悔を行う事になった。

三人の人物が語る、恩の循環の物語でした。
しかし、弥三右衛門が救った人間は大泥棒になり、陣内の恩の返し方は盗みによるものであり、陣内に恩を感じながら恨みも感じた弥三右衛門の勘当された息子・弥三郎は、陣内の名前を騙り打ち首になって笑みを浮かべる。
人は純粋に恩を返すことは出来るのか、気持ちだけでなく実際の行為の方法も重要なのではないか。
短い話の中で色々と問われている話でした。


闇中問答(「文藝春秋」1927年9月)

天使或いは悪魔と著者との問答。
天使からは厳しく、悪魔からは優しく、お前はこんな人間なんだと言われ、どちらにも「自分はそんな人間ではない」と返す著者。
では、自分は何者なのか。

人はいつでも悪魔につけ入れられます。
人は自惚れもせず、卑屈にも傾かずに、しっかりと根を張り踏ん張って生きなければならないのでしょう。
その後の著者を思っても、自分の人生を思っても、それはとても難しい事のように感じます。


歯車(「文藝春秋」1927年10月)

精神的に病んでいる著者の日常と苦悩を描いている。
幻視や被害妄想など様々な症状、そして自分の周囲で起こる様々な出来事に思い悩む著者の苦悩。休まる事のない精神と視界を埋める歯車。
話全体に死の匂いも色濃く、最後は苦悩の中の救済を求める述懐で終わる。

創作としての小説とは読む事が出来ず、どうしても苦悩に満ちた随筆に思えてしまいます
非情な環境で育つ事で植えついた苦しみと統合失調症の症状に苦しむ様子が良く伝わる貴重な作品でした。

『名探偵・英玖保嘉門の推理手帖 ABC殺人事件』でモチーフに使われてから読みたいと思っていたので、読めてよかった。
ただ、芥川を何か読んでみたいという人にいきなり勧めるような内容ではないなと思いました。

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