愛すべき逃避行
満月というにはまだ不完全な月に浮かべる顔もなく、
夜が魅せるロマンに寂しさを募らせるばかり。
貪るように本を読んでは、
賢くなったつもりでいて、
ただ頭でっかちを進ませては、
鏡を見て、結局何も変わらない私には、
ただただ虚しくなるばかり。
そんなどうしようもない感情の行方を、
文字の中に溶かして浮かべれば、
少しだけ救われるような気がしていて。
どうやらそんな感情が、私の書く手を動かしているようなのです。
口頭に出せばきっと笑われてしまうような、
いえ、文字にしても香ばしさ残る私の心の声でさえそのままに、
私は文字を並べています。
こんなことしたって、何のためにもならないのに。
そんなことを言いながら、愛してやまないこの行為を、
私はあとどれほど続けることが出来るのでしょう。
朝から晩まで働いては、
削り取られた心身を取り戻すように、
泥のように眠る日々が、
私の眼前にもあと少しでやってきます。
時々、とても恐ろしいのです。
自分の好きなことさえ、愛せなくなってしまうのが。
仕事は仕事で、面白いと感じられるのかもしれません。
ただ、それに呑まれて、
いずれ過去となる今のことを、思い出せなくなる時が。
時の流れがふっと切れて、
この行為が、この感情が、
ただの思い出となってしまうことが。
思い出は、その時の事実だけを残して、
感情は思い出せなくなる。
あの頃は何をしていて、楽しかった。
そのことを思い出せても、
楽しかった感情を思い出すことはできない。
あの子のことが好きだった。
そのことは覚えていても、
あの溢れんばかりの激情はすでにここにいない。
それらはすでに今と切り離されて、
思い出と、過去となってしまったから。
そんな当たり前のことが、酷く恐ろしくなる時があります。
そのくせ憂鬱は、今もここにある。
留めておきたいことは、すぐにいなくなってしまうのに。
美しいものを見たときの感動が、
恋をしたときの激情が、
言い表せない、愛する文字でさえ言い表したくない
この感情が。
仕事、キャリア、年収、世間体、学歴、職歴、金、
考えなければならないことで埋め尽くされて。
理性で感性を押さえつけて、
いつの日か理性に喰われて、
抵抗虚しく、思い出せなくなって。
そんな未来を思うと、怖くて、怖くてたまらない。
すでに社会にいる方々には、
とても稚拙で見ていられない嘆きでしょう。
きっと数年後の私も、鼻で笑ってしまうくらいに。
それでも、書き起こすのです。
きっと今しか、書けないことだから。
理性に生きるようになってからでは、
この感情はもう思い出せないだろうから。
そんな嘆きさえ、文字に溶かせば、
なんだか救われるようで。
だから私は、書くのです。
せめて、まだ書こうと思える時は。