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林道を歩きながら

 東京から北の大地・北海道に移住したのは昨年の春のことだった。朝から晩まで緊張を強いられる仕事はやり甲斐を感じる一方で、東京での生活に心が日ごとにささくれ立っていくのは覆いようのない実感でもあった。移り住んだ町は人口一万五千人の小さな町で、都会のようにこれといって遊ぶものもなく、休みの日には家族そろって山や川などの自然に親しむことが多くなった。文字通り雲一つない秋晴れの一日、家族4人で近くの山に散策にでかけた。車で林道をどこまでも行くと右に折れる小道があり、さらに少し行くとゲートで行き止まりになっていた。車をここで止めて娘たちには運動靴をはかせ、私と妻は昼ご飯のおにぎりやら缶詰やらがぎっしり詰まったリュックサックを背負った。林道は道幅3メートルくらいの比較的よく整備された道で両脇にはたらの芽やふきなどの山菜が取る人もなく、育ち放題大きくなっている。初秋の日射しは結構強く、少し歩くとうっすらと汗ばむくらいだった。娘たちは暖かな陽気といろいろな遊びができる小砂利の混ざった土の道がさぞかしうれしかったのだろう、私と妻の後になったり先になったりしながらはしゃぎまわっていた。上の娘は道端から細い木の棒を拾って最近覚えたばかりのひらがなを道に書いては私に見せてくれた。下の娘は時々道にぺたんと座り込んで砂遊びをしている。こんな具合だからいっこうに道ははかどらない。きょうは目当てがあって来たのではないからとのんびりといくことにした。私もリュックをおろして道端にどっこいしょとあぐらをかいた。その私の頬をおだやかな風が時折なでて行く。うっすらと汗ばんだ肌にとても気持ちがよかった。すました耳に沢のせせらぎがかすかに聞こえてくる。道を振り返ると楽しそうに遊ぶ娘たちの姿が見える。

何と平和な風景だろう。
暖かな太陽の光、
穏やかな風にそよぐ森の梢のかすかなざわめき、
遠くに聞こえる沢のせせらぎ、
妻、娘たち、そして自分という存在も
すべてのものがうまく調和しているように私には感じられた。

 昔、どこかでこんな経験をしたことがある。私はそんな気がして仕方がなかった。その時はどうしてもわからなかったが、ある時ふとそれを思い出した。私が小学生の頃だったろうか。夏休みに母の実家に遊びに行った時のことである。お盆の墓参りのために帰省したのだと思うが、両親の実家のことを「いなか」と呼んでいた子供の私にとって、それは待ちかねた旅行のようなものだった。母の実家から歩いて30分ぐらいのところに雑貨店があった。母、妹と私の3人でそこに買い物に行った帰り道のことだったろうと思う。夏の暑い日射しをそのまぶしさでもって今でもはっきりと記憶している。車が1台ようやく通れるくらいの砂利道の傍らに細い用水路が掘ってあって田んぼを流れた水が集まり、さらさらと涼しげな音をたてて流れていた。あまりに暑い日射しに耐えかねたのだろう、その中を素足になって私は歩いていた。水はすねぐらいまでしかなかったから、ちょうどよい深さだった。澄んだ水をのぞいてみると小さな鮒が数匹ずつかたまって頭を上流に向けてあちこちに泳いでいた。道にはまだ若かった母と私より4歳下の妹が並んで歩いていた。3人で歩きながらいったいどんな話をしただろうか。今となってはもう思い出すこともできない。ひんやりとした流れに暑さを忘れて歩いていると上流から鎌首をもたげた小さなヘビが突然流れてきた。驚いた私は用水路から飛び出て流れてくるヘビをやりすごした。びっくりしたねと3人で顔を見合わせて笑った。

林道に腰を下ろしている時、ふと心に湧いた感慨。
そして私の心の奥底にいつの間にか刻み込まれていた子供の頃の記憶の断片。

互いに関係がないように思える二つの出来事が私に与えた心象風景は不思議なことに驚くほど似通っていた。利害や打算といったものとはおよそ無関係の無垢な愛情によって結びついた家族というもの。心がこの愛情で満たされている時、見えるもの、聞こえるもの、肌に触れるものすべてを澄んだ気持ちで受け入れることができたのだった。

時の流れと自分の心のリズムとが何のわだかまりもなく、ぴったりと息を合わせて動いている。
どこからともなく喜びが湧いて出てくる、
生きていることを心の底から喜べる、
そんな安らかで平和な気持ちが私の心の隅々まで広がっていった。

 森を抜けると沢のせせらぎがいよいよ間近に聞こえてきた。山の斜面のはるか下の方にきらきら輝く沢が見える。あと10分も歩けば沢にかかる小さな橋に出る。そこでみんなでお弁当を食べよう。

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